男性ならひげそりの時、女性ならお化粧の時などに、何気なく首をさわっていたら、しこりが触れて心配になったということを経験した方があるかもしれません。
こぶとりじいさんのように、簡単に取ってしまうことができればいいのですが、そうもいきません。
押さえると痛かったり、しばらくしたら消えてしまう場合には、何かの感染症や炎症の場合がほとんどです。
しかし、押さえても痛くないし、なかなか消えていかない場合には、何らかのできもの(腫瘍)ができているかもしれません。
どの科に受診すればいいの?
首のしこりの診察になれているのは、私たち耳鼻咽喉科医です。
耳鼻咽喉科医はみみ、はな、のどだけでなく、くびも専門にしています。
診療科の名前に「耳鼻咽喉科・頭頸部外科」と書かれてあるのはそのためです。
頭頸部外科が扱う領域のほとんどは従来の耳鼻咽喉科が担当してきた範囲ですので、耳鼻咽喉科・頭頸部外科と一連の名前で呼ぶこともあります。学会名は、日本では「日本耳鼻咽喉科学会」ですが、米国では「米国耳鼻咽喉科・頭頸部外科学会」となって久しく、諸外国でもそれに追随する傾向が高まっています。診療内容をみても、診療所や小病院の耳鼻咽喉科では耳、鼻、のどの炎症や機能障害を主に取り扱いますが、大学病院や地域基幹病院では頭頸部がん患者が多く、診療の実態はまさに「耳鼻咽喉科・頭頸部外科」です。
頭頸部外科って何でしょう?/頭頸部がん(癌)とは?
なぜ耳鼻咽喉科がいいのか?
なぜ耳鼻咽喉科を受診するのがいいのでしょうか。それは、診断の仕方を熟知しているからです。
診断の方法を誤ると、万が一そのできものが癌だった場合に、病状を悪化させることがあるからです。
たとえば、はれているからといって、「局所麻酔で少し皮膚を切開して、その下にあるできものを取って検査に出してみましょう」というのは良くありません。これを開放生検と言います。
むやみに開放生検を行ってしまうと、もし癌だった場合、キズのところに癌細胞がばらまかれてしまって、病気が進行してしまうことがあります。
ですから、むやみに開放生検を行わず、注射針を刺して細胞を取る検査(穿刺吸引細胞診)や画像検査などの検査を組み合わせて診断していくのです。
適切に、迅速に、正確に検査・診断を行って、早く治療に取りかかれるようにすることが一番大事なのです。
下に示した論文は、米国耳鼻咽喉科頭頸部外科学会の雑誌に掲載されたガイドラインであり、そのことが詳しく書かれています。
くびが腫れたときには、ぜひ耳鼻咽喉科を受診してください。
今回参考にした論文は、
Pynnonen MA, et al. Clinical Practice Guideline: Evaluation of the Neck Mass in Adults. Otolaryngol Head Neck Surg. 2017; 157(2_suppl): S1–S30.
doi: 10.1177/0194599817722550
です。
目的:
成人の頸部腫瘤を評価する時の臨床実践ガイドラインを示す。
はじめに:
- 小児の頸部腫瘤のほとんどは感染症が原因であるが、成人の持続的な頸部腫瘤のほとんどは新生物である。
- 無症状の頸部腫瘤は、扁平上皮癌(HNSCC)、リンパ腫、甲状腺癌、唾液腺癌などの頭頸部悪性腫瘍の初発症状、あるいは唯一の症状である場合がある。
- つまり、成人患者における頸部腫瘤は、そうでないことが証明されるまでは悪性とみなすべきである。
- 診断が遅れると腫瘍の病期に直接影響し、予後が悪化するため、HNSCCの頸部リンパ節転移を適時に診断することが最も重要である。
- 本ガイドラインの第一の目的は、悪性の可能性のある成人患者が迅速な診断と治療介入を受け、転帰を良好にできるようにするために、頸部腫瘤の効率的、効果的、正確な診断を促進することである。
ガイドラインの対象:
- 対象患者は、18歳以上の頸部腫瘤のある患者。
- 対象となる臨床医は、頸部腫瘤の患者が最初に受診する可能性のある臨床医。
- 本ガイドラインは悪性の可能性のある頸部腫瘤を有する成人患者の適切な検査を行い、診断と頭頸部癌専門医への紹介を迅速に行うことに限定しており、その後の治療までは言及していない。
Action Statements:
- 悪性腫瘍を疑う頸部腫瘤の患者に対しては、造影頸部CT(またはMRI)をオーダーすべきである。(推奨度:強く推奨する)
- 患者に感染症の既往がなく、腫瘤が2週間以上継続しており、縮小増大を繰り返さない場合、あるいは腫瘤がいつからあるかわからない場合、悪性腫瘍のリスクが高いと判断すべきである。
- 以下の身体所見が1つ以上ある場合、悪性腫瘍のリスクが高いと判断すべきである:隣接組織へ固定している、硬い、大きさが1.5cmを超える、皮膚に潰瘍がある。
- 悪性腫瘍を疑う所見を特定するために、頸部腫瘤のある患者に対しては、病歴聴取及び身体診察を行うべきである。
- 悪性腫瘍のリスクが少ない頸部腫瘤の患者に対しては、追加評価の必要性のきっかけとなる判断基準を患者に助言すべきである。そして、治癒または最終診断を評価するためのフォローアップ計画を文書化すべきである。
- 悪性腫瘍を疑う頸部腫瘤の患者に対しては、そのリスクが高いことを患者に説明し、推奨される診断検査について説明すべきである。
- 悪性腫瘍を疑う頸部腫瘤の患者に対しては、必要な身体診察(喉頭、舌根、咽頭の粘膜の視診を含む)を実施するか、または実施可能な医師に患者を紹介すべきである。
- 悪性腫瘍を疑う頸部腫瘤の患者に対しては、頸部腫瘤の診断が不明のままである場合には、開放生検ではなく穿刺吸引細胞診(FNA)を行うべきである。あるいはFNAが可能な医師に患者を紹介すべきである。
- 悪性腫瘍を疑う頸部腫瘤の患者に対しては、確定診断が得られるまで、FNAまたは画像検査によって診断された嚢胞性頸部腫瘤の評価を継続すべきであり、腫瘤が良性であると仮定してはならない。
- FNAおよび画像検査で診断がつかなかった頸部腫瘤の患者が悪性腫瘍のリスクが高いと判断された場合には、患者の病歴および身体診察に基づいて追加の付随的検査を受けるべきである。
- 悪性腫瘍を疑う頸部腫瘤の患者で、FNA、画像検査、および/または付随的検査で診断または原発部位が特定されていない場合には、開放生検の前に、麻酔下で上気道および上部消化管の評価を行うべきである。
(以上、推奨度:推奨する)
- 細菌感染の徴候や症状がない限り、頸部腫瘤の患者に抗菌薬を日常的に処方してはならない。(推奨度:推奨しない)
結論:
頸部腫瘍を診断する場合には、診断が確定するまで悪性を想定しながら対応すべきである。
診断には開放生検は行わず、上気道や上部消化管の評価、FNAや画像検査を行い評価するか、評価できる施設に紹介すべきである。