今日の記事は、いつもの耳鼻咽喉科の内容から離れて、ほっこりする?話題にしてみました。
医療従事者の間で、よく聞かれるジンクスはいろいろあります。
欧米だと13日の金曜日とか満月の日には何か悪いことが起きると思われているようです。これについては、以前、このブログでも取り上げました。
「13日の金曜日に行った扁桃摘出術は、術後出血が多いのか」ということをまじめに研究した論文についての記事です。
「今日は静かだね」は禁句?
私もいろいろな病院で勤務してきましたが、どの病院でも共通して言われるジンクスってあるなと感じます。
特に救急当直のときなどに言われるジンクスに、次のようなものがあります。
「今日は静かだね」とか「今日は静かになるといいね」と誰かが発言すると、「おいおい、そんなことを言ったら、救急車からの電話が鳴り止まなくなるぞ」と言うような場面です。
そのようなジンクスを、多くの医療従事者が耳にしているのではないでしょうか。
そして、「ほら、あいつが『静かだね』なんて言ったから、むちゃくちゃ忙しくなったじゃないか」などと言いながら、忙しい夜を過ごした経験のある方もあるかもしれません。
マーフィーの法則
それが事実であるかどうかは別として、先達の経験から生じた数々のユーモラスでしかも哀愁に富む経験則をまとめたものをマーフィーの法則といいます。いわゆる「あるある」ってやつですね。
蛇足ですが、耳鼻咽喉科医あるあるは、「クリーニングしたての白衣を来た日に限って、すぐに鼻血を浴びる」です(私見)。
有名なマーフィーの法則には、
落としたトーストがバターを塗った面を下にして着地する確率は、カーペットの値段に比例する。
というのがあります。
アストン大学のロバート・マシューズ客員教授は、このトーストの法則が正しいかどうかを研究し、論文として発表しました。
その結果は、バターを塗った面が下になるにはテーブルの高さを3メートル以上にしなければならず、バターを塗った面が下になる確率は、カーペットの値段に比例するのではなく、テーブルの高さなどのほうが関連していることを発表しました。この成果でイグノーベル賞を受賞したのだそうです。
マーフィーの法則や「あるある」は、必ずしも正しいわけではなく、我々の認知バイアス(自分の思い込みや周囲の環境といった要因により、非合理的な判断をしてしまうこと)が関与している場合もあるようです。
本当に「静かだね」というと忙しくなるのか?
では、「今日は静かになるといいね」という励ましの言葉は、本当に救急外来を忙しくさせるのでしょうか。
下に示した論文は、その命題を本物の救急外来でまじめに調べた研究です。倉敷中央病院という救急患者をたくさん受け入れている大きな病院の救急外来で勤務する研修医に対して、「今日は静かになるといいね」と指導医が声をかけた場合とかけなかった場合で、救急の忙しさや大変さは変化するのかを調べました。
結果は、言葉をかけたことによって忙しくなるとは言えなかったようです。
このことから、筆者らは「そんなジンクスはないのだから、指導医は積極的に研修医に優しい元気の出る言葉をかけてあげたらいいし、研修医はそれを素直に受け止めたらいい」と結んでいます。
ジンクスにとらわれることなく、お互いに優しい言葉をかけるのがいいですね。
私の勤務する病院の職員信条の中には「和顔愛語」という言葉が入っています。明るい笑顔とやさしい言葉がけに今後もつとめていきたいと思います。
今回参考にした論文は、
Kuriyama A, et al. Impact of Attending Physicians’ Comments on Residents’ Workloads in the Emergency Department: Results from Two J(^o^)PAN Randomized Controlled Trials. PLoS One. 2016; 11(12): e0167480.
doi: 10.1371/journal.pone.0167480.
です。
Research Question:
指導医の叱咤激励が、救急部で働く研修医の仕事量を増加させるか。
方法:
デザイン:
並行群間評価者盲検無作為化試験
対象:
平日に救急部で外来患者または転送患者を診察した倉敷中央病院の25名の研修医
外来患者のみを診察した研修医対象の試験:J(^o^)PAN-1 Trial
転送患者のみを診察した研修医対象の試験:J(^o^)PAN-2 Trial
期間:2014年6月〜2015年3月
研修医の勤務態勢:
研修医は1勤務シフトに対し5人で構成され、
2人は外来患者と転送患者の両方を診察し、
1人は午前9時から午後5時まで外来患者のみを診察し、
1人は午後2時から午後10時まで転送患者のみを診察し、
1人は夜勤のみを行っている。
介入:
介入群:指導医から「静かな一日になるといいね」などのメッセージを受け取る群
対照群:上記のようなメッセージを受け取らない群
評価項目:太字が主要評価項目
勤務中に診察した患者数
商事時間
アンケート:5段階のリッカート尺度で評価
勤務中の忙しさ、勤務中の大変さ、勤務中に感じたストレス、勤務終了時に感じた疲労感
結果:
- J(^o^)PAN-1 Trialでは169件(介入群81件、対照群88件)、J(^o^)PAN-2 Trialでは178件(介入群85件、対照群93件)の無作為化割付が行われた。
- 以下、括弧内の数値は介入群、対照群の順。有意差があったものは太字。
- J(^o^)PAN-1 Trial
- 勤務中に診察した患者数(5.5人 vs. 5.7人、p=0.48)
- 勤務中の忙しさ(2.8 vs. 2.8、p=0.58)、勤務中の大変さ(3.1 vs. 3.1、p=0.94)
- 勤務中のストレス(2.8 vs. 2.9、p=0.40)、食事時間(17.2分 vs. 17.3分、p=0.98)、勤務終了時の疲労感(3.0 vs. 3.0、p=0.85)
- 勤務中の救急部全体の入院患者数(10.4 vs. 10.6、p=0.70)および外来患者数(31 vs. 32、p=0.98)
- J(^o^)PAN-2 Trial
- 勤務中に診察した患者数(4.4人 vs. 3.9人、p=0.01)
- 勤務中の忙しさ(2.8 vs. 2.7、p=0.40)、勤務中の大変さ(3.1 vs. 3.2、p=0.75)
- 勤務中のストレス(3.0 vs. 2.9、p=0.61)、食事時間(15.6分 vs. 15.3分、p=0.82)、勤務終了時の疲労感(2.9 vs. 2.9、p=0.95)
- 勤務中の救急部全体の入院患者数(14.1 vs. 14.0、p=0.86)および転院患者数(11 vs. 12、p=0.68)
結論:
指導医の叱咤激励は、救急部で働く研修医の仕事量に強い影響は与えなかった。