においが分からなくなる:見逃されがちな「嗅覚障害」のリアル
「最近、食べ物の匂いが薄くなった」
「花の香りをほとんど感じない」
——こうした変化を感じながらも「鼻づまりのせい」と放置していませんか?

慢性副鼻腔炎(ちくのう症)に鼻ポリープ(鼻茸)を伴う患者さんを対象とした調査では、87%が「嗅覚・味覚の低下」を最もつらい症状と評価し、80〜82%がその症状を「非常に重度」と報告しています。
嗅覚の低下は単なる不便さではなく、生活の質・食の楽しみ・安全まで幅広く影響する深刻な問題です。
なぜ鼻ポリープができると匂いが分からなくなるの?
慢性副鼻腔炎とは、鼻の奥にある副鼻腔(鼻につながる空洞)が長期間にわたって炎症を起こし続ける病気です。その中でも鼻ポリープ(粘膜がキノコ状に成長したもの)を伴うタイプは特に治りにくく、患者さんの67〜78%に何らかの嗅覚障害があることが分かっています。
においを感じるには、空気中の香りの成分が鼻の奥の「嗅上皮(きゅうじょうひ)」という神経細胞の集まりに届く必要があります。鼻ポリープがあると、2つの原因で嗅覚が失われます。
(1) ポリープが通路を塞いで香りの成分が届かなくなる「伝導性障害」
(2) 炎症細胞が出すサイトカイン(炎症物質)が嗅覚神経を直接傷つける「炎症性障害」

注目すべきは、ポリープの大きさと嗅覚障害の程度が必ずしも一致しないことです。伝導性障害だけでなく炎症性障害が関与しているからです。「ポリープが小さいから問題ない」とはいえません。
嗅覚障害は食事の楽しみを奪うだけでなく(84%が影響を受けると回答)、ガス漏れや腐敗物の臭いを感じにくくなる(74-75%)など安全上のリスクもあり、63%が気分や人間関係にも影響が出ると訴えています。
最新の研究が示す「嗅覚が戻る可能性」
2026年に発表された総説論文では、複数の大規模臨床試験のデータをもとに、鼻ポリープによる嗅覚障害の実態と各種治療法の効果を整理しています。
治療の選択肢は大きく以下の3つがあります。
(1) 局所・経口ステロイド薬(鼻スプレーや内服)
(2) 内視鏡下鼻副鼻腔手術(鼻の内側からポリープを取り除く手術)
(3) 生物学的製剤(バイオ製剤)
中でも注目されているのが生物学的製剤です。嗅覚を測る検査(UPSIT、0〜40点満点)の結果を見ると、プラセボ(偽薬)群の改善が+0.70点だったのに対し、デュピルマブ(IL-4とIL-13という炎症物質を抑える薬)では+11.26点という大きな改善が確認されました。同様の効果が別の試験(SINUS-52)でも示されており、複数の研究をまとめた分析で、デュピルマブは他の生物学的製剤と比べて嗅覚改善効果が最も大きいとされています。
手術では約50%の患者さんで嗅覚の改善が報告されており、「においは戻らない」と諦める必要はありません
さらに、バラ・レモン・ユーカリ・クローブなど4種類の香りを毎日繰り返し嗅ぐ嗅覚刺激療法が神経の回復を助けることも示されています。
においを守る・取り戻すために今日からできること
この研究が示す重要なポイントのひとつは、「嗅覚障害への対応が遅れるほど、回復が難しくなる可能性がある」ということです。気になる症状があれば早めに行動することが大切です。
受診する
鼻づまりや嗅覚の低下が2〜3カ月以上続くようなら、耳鼻咽喉科を受診しましょう。内視鏡や画像検査でポリープや炎症の状態を確認してもらえます。
嗅覚刺激療法を試す
バラ・レモン・ユーカリ・クローブの4種類のアロマオイルを用意し、毎朝・毎晩それぞれ20秒ずつ嗅ぐトレーニングが有効とされています。市販品👇で始められる、費用のかからないセルフケアです。
治療を続ける
ステロイド点鼻薬は毎日継続することが効果の鍵です。症状の重さや経過によって、手術や生物学的製剤という選択肢もあります。担当医と相談しながら自分に合った治療を選びましょう。
安全対策を講じる
嗅覚が低下している間は、ガスコンロの使用に注意し、ガス漏れ警報器や火災報知機の点検を行い、食品は消費期限や色・見た目で確認する習慣をつけてください。

まとめ
鼻ポリープを伴う慢性副鼻腔炎では、患者さんの多くが深刻な嗅覚障害を抱えています。炎症性の機序が関わるためポリープの大きさだけで判断できません。生物学的製剤・手術・嗅覚刺激療法など回復の選択肢は増えています。嗅覚の変化を感じたら、早めに耳鼻咽喉科へご相談ください。
※本記事は最新研究を分かりやすく解説したものであり、診断・治療は専門医へご相談ください。

今回参考にした論文は、
Higgins TS, et al. Importance of Smell Loss to Patients With Chronic Rhinosinusitis With Nasal Polyps: Options for Management and Recovery. Clin Transl Allergy. 2026;16(2):e70149. doi:10.1002/clt2.70149
です。
Research Question:
CRSwNP患者において嗅覚喪失はどの程度の頻度・重症度で起こり、各種治療介入(ステロイド薬・手術・生物学的製剤・嗅覚訓練)は嗅覚改善にどれだけ有効か?
Methods:
- デザイン:ナラティブレビュー(文献統合型総説)
- サンプル:SINUS-24/52、SYNAPSE、POLYP-1/2、OSTRO、WAYPOINTなど複数の第3相RCTデータを統合;患者背景の詳細は各試験に依存
- 主要アウトカム:UPSIT(0〜40点)、Loss of Smell スコア(0〜3点)
- 解析:各RCTの治療群間差(治療 vs. プラセボ)を整理・比較
Results(抜粋):
- CRSwNP患者の67〜78%に嗅覚障害;87%が嗅覚/味覚低下を最重要症状と評価(SINUS-24/52)
- デュピルマブ vs. プラセボ:UPSIT差 +11.26(SINUS-24、p<0.0001)、+9.71(SINUS-52、p<0.0001)
- メポリズマブ(SYNAPSE):Loss of Smell スコア群間差 −0.37(p=0.020)
- オマリズマブ:Loss of Smell スコア群間差 −0.33(POLYP-1、p=0.0161)、−0.45(POLYP-2、p=0.0024)
- テゼペルマブ(WAYPOINT、52週):Loss of Smell スコア群間差 −1.00(p<0.001)
- 内視鏡下副鼻腔手術:約50%の患者で嗅覚改善
- 複数のシステマティックレビューでデュピルマブが生物学的製剤中で最大の嗅覚改善効果
Conclusion & Implication:
- 著者結論:嗅覚喪失はCRSwNP患者の高頻度かつ衰弱的症状であり、type 2炎症が主要な病態生理的機序として関与する。デュピルマブを含む生物学的製剤は嗅覚改善に有望であり、共有意思決定と個別化治療が推奨される。
- 臨床応用ポイント:嗅覚検査(UPSIT等)をアウトカム評価に組み込む;治療選択時には嗅覚改善エビデンスを考慮;生物学的製剤未使用で嗅覚障害が残存する手術後患者にも生物学的製剤の適応を検討する。






