この記事でわかること
Q: 鼻はどうかめばよいのか? 両方いっぺんにかんでも大丈夫?
結論: 片鼻ずつかむことが科学的に正しい方法であることが、気体動力学的研究によって示されています。
詳細: 両側同時にかむと左右それぞれの鼻を通る空気の流量が半分以下に分散されてしまい、分泌物を押し出す力が大きく低下します。また、強くかみすぎると外耳道に圧力変化が生じ、耳に影響が出ることがあります。
エビデンス: 海野徳二・矢島洋, 日耳鼻, 1977年
「鼻のかみ方」を科学で研究した! イグノーベル賞受賞論文とは
「鼻はどうかめばいい?」と改めて聞かれると、意外と自信を持って答えられる方は少ないのではないでしょうか。

2026年9月、日本の耳鼻咽喉科医が1977年に発表した論文「鼻のかみ方――擤鼻の気体動力学的研究」が、イグノーベル賞医学賞を受賞しました。イグノーベル賞とは、「人を笑わせ、そして考えさせる」研究に贈られる国際的な賞です。「鼻のかみ方」というきわめて日常的なテーマを、医学的な測定器を使って真剣に解析した研究が、約50年の時を経て世界的に評価されました。
著者は和歌山県立医科大学耳鼻咽喉科学教室(当時)の海野徳二先生と矢島洋先生です。「欧米人と日本人では鼻のかみ方の習慣が大きく異なり、正しくかめているかどうかが科学的に明らかにされていない」という問題意識から、この研究が生まれました。
なぜ鼻をかむことが大切なのか
鼻腔に分泌物がたまると通気性が悪くなり、鼻づまりや副鼻腔炎(蓄膿症)のリスクが高まります。鼻をかむ動作(擤鼻:こうび)は、この分泌物を物理的に押し出すための重要な衛生行動です。
また、咳やくしゃみは気道全体から異物や分泌物を一気に排除する「強制呼気」の一種ですが、鼻かみも同様の仕組みで分泌物を取り除く働きがあります。研究では「大きく長い鼻かみは上気道・下気道の病気の予防に役立つ可能性がある」とも述べられています。
一方で、問題なのは誤った鼻のかみ方です。力任せに両鼻を同時にかむと、外耳道(耳の穴)に異常な圧力がかかることが知られています。「どのかみ方が正しいのか」を科学的に検証することには、実際の医療的意義があったわけです。
気体動力学で「鼻かみ」を測定した研究
この研究では、14〜48歳の男性15名を対象に以下の計測を行いました。
- Pneumotachometer(空気流量計) を左右の鼻孔に同時に取り付け、呼気速度・呼出量・呼出時間を連続記録
- バルーンカテーテルを外耳道に挿入し、鼻かみ中の外耳道内圧の変化を同時記録
参加者全員が「片側ずつかむ」習慣を持っており、以下の順で測定が行われました。
- 左右それぞれの鼻呼吸(2回ずつ)
- 片側ずつの鼻かみ(左右各2回)
- 両側同時の鼻かみ(2回)
その際、左右の外耳道圧を交互に測りながら計測を繰り返し、最終的に1人あたり鼻呼吸2回・片側鼻かみ4回・両側鼻かみ2回のデータが得られました。
科学データが示す「片鼻ずつ」の理由
研究で得られた主な結果をご紹介します。
鼻かみ中の呼気データ比較
| 測定項目 | 片側鼻かみ | 両側鼻かみ |
|---|---|---|
| 最大速度(平均) | 1.81 L/秒 | 2.97 L/秒 |
| 呼出量(平均) | 1.34 L | 1.54 L |
| 呼出時間(平均) | 1.23秒 | 0.96秒 |
(参考:鼻呼吸[片側]の最大速度平均 1.87 L/秒)
一見すると両側鼻かみのほうが速度が高いように見えますが、これは左右合計の値です。両側同時にかむと、それぞれの鼻腔を通る実際の流量は半分以下になってしまいます。一方、片側を指で押さえることで、左右のうち通りにくい側の呼気速度が大幅に上がる例も確認されました。例えば両側呼吸時に 0.3 L/秒しか記録されなかった例でも、1側を押さえることで 1.5 L/秒(約5倍)の流速が得られています。
耳(外耳道)への影響
片側60回の鼻かみのうち、25回に陽圧変化(鼓膜を外から押す方向の圧力変化)が認められ、7回に陰圧変化が観察されました。鼻かみ時の外耳道内圧変化は鼻呼吸時よりも明らかに大きくなる傾向がありましたが、この程度の変化は通常は急性中耳炎を起こすものではないと考察されています。ただし、力を入れすぎると耳への負担が増えるため、やりすぎは禁物です。
正しい鼻かみのポイント
研究の結果と考察から、以下のことが導き出されています。
- 片鼻ずつかむ:通りにくいほうの鼻腔を空気が通過するように、反対側の鼻孔を指で押さえる
- 力を入れすぎない:外耳道内圧への影響を最小限にするため、強くかみすぎることは避ける
- ゆっくり長めにかむ:短く一気にかむより、ある程度の呼出量と時間を確保するほうが分泌物をより効率よく排出できる

小さなころから「片鼻ずつかみなさい」と言われてきた方も多いかもしれませんが、それが気体動力学的にも科学的に正しいことが、この研究によって示されています。
まとめ
片鼻ずつかむことは、気体動力学的な測定によって科学的に正しい方法であることが示されています。力を入れすぎず、ゆっくりと片側ずつかむ習慣を身につけることが、鼻の健康維持と耳への負担軽減につながります。1977年に日本の耳鼻咽喉科医が真剣に取り組んだこの研究は、約50年後の今もなお私たちの日常生活に役立つ知識を提供してくれています。

※本記事は最新研究を分かりやすく解説したものであり、診断・治療は専門医へご相談ください。

今回参考にした論文は、
海野徳二, 矢島洋. 鼻のかみ方―擤鼻の気体動力学的研究. 日耳鼻. 1977; 80: 665-672.
doi: 10.3950/jibiinkoka.80.11
です。
Research Question:
擤鼻(鼻かみ)の呼気速度・呼出量・外耳道内圧を気体動力学的に定量化し、効率的かつ安全な鼻かみ方法の科学的根拠を示せるか
Methods:
- デザイン: 前向き観察研究(反復計測)
- サンプル: n=15(男性、14〜48歳、和歌山県立医科大学耳鼻咽喉科)
- 主要アウトカム: 呼気速度(L/sec)・呼出量(L)・呼出時間(sec)・外耳道内圧変化(cmH₂O)
- 解析: Fleisch型PneumotachometerおよびKrogh型スピロメーターで左右呼気を同時計測。YHP製圧力トランスジューサーで外耳道内圧を同時記録。各条件(鼻呼吸・片側擤鼻・両側擤鼻)を反復測定し比較
Results:
- 主要結果:
- 片側擤鼻:最大速度 1.81 L/sec、呼出量 1.34 L、呼出時間 1.23 sec
- 両側擤鼻:最大速度 2.97 L/sec、呼出量 1.54 L、呼出時間 0.96 sec
- 良好側を押さえることで通気不良側の擤鼻速度が最大約500%向上した事例あり(0.3 → 1.5 L/sec)
- 副次結果:
- 外耳道内圧変化(片側擤鼻60回中):陽圧(3目盛以上)25回、陽圧(3目盛未満)6回、陰圧変化7回、変化なし22回
- 両側擤鼻では変化なし18/30回と比較的多かった
- 全被験者が片側擤鼻を習慣としており、4回の片側擤鼻中1回も外耳道圧変化を生じなかった例は2例のみ
Conclusion & Implication:
- 著者結論: 良好側を閉じることで通気不良側の擤鼻速度が上昇し、効率的な鼻腔分泌物排除が可能。大きく長い擤鼻は上下気道疾患予防に機能的意義を持つと考えられる。擤鼻時の外耳道内圧変化は高頻度に生じるが、通常は鼓室内急性感染を誘発しない
- 臨床応用ポイント: 反復性中耳炎や副鼻腔炎患者への擤鼻指導(片鼻ずつ・過強呼気を避ける)は予防的介入として意義がある。小児には「1度に1側、短回に力強く」よりも「もう少し長く、もう少し強く」という具体的指示が望ましいと著者は述べている






