この記事でわかること
Q: 鼻中隔弯曲症は、においの感じ方(嗅覚)にも影響するのか?
結論: 鼻中隔が曲がっている側では、においを処理する脳の構造(嗅球・嗅覚路)が反対側より小さくなっていることが、86例の解剖研究で示された。
詳細: 遺体の脳を直接計測したところ、曲がっている側の嗅球の幅・体積が反対側より有意に低く、その変化は弯曲の重症度とも関連していた。
エビデンス: Ozgen Sonmez MN et al., Annals of Anatomy, 2026. DOI: 10.1016/j.aanat.2026.153363
「鼻が曲がっているだけ」と思っていませんか?
鼻中隔弯曲症とは、鼻の真ん中にある仕切り(鼻中隔)が左右どちらかに曲がっている状態のことです。鼻づまりや口呼吸の原因としてよく知られており、「手術で治せる鼻の病気」として耳鼻咽喉科を受診される方も少なくありません。

しかし、「においがわかりにくくなった」「なんとなく嗅覚が鈍った気がする」という症状も、実は鼻中隔の曲がりと関係している可能性があることが、最新の解剖研究によって示されました。呼吸だけでなく、嗅覚機能にまで影響しているかもしれない——その意外なつながりを、耳鼻咽喉科専門医の視点で解説します。

においを感じる仕組みと鼻中隔の関係
においの情報は、鼻の粘膜にある嗅覚受容細胞から脳へと伝えられます。その最初の中継地点が嗅球という脳の構造で、脳の前方(前頭蓋底)に左右一対で存在しています。嗅球からさらに嗅覚路(嗅索)というケーブルが大脳皮質へ伸び、においの情報が「わかる」状態になります。
この嗅覚システムが正常に働くためには、鼻の中に適切な空気の流れが必要です。嗅覚受容細胞は、吸い込んだ空気中の匂い物質が触れて初めて刺激されるからです。
ところが鼻中隔が曲がっていると、曲がっている側の鼻腔が狭くなり、空気の流れが悪くなります。その結果、においの分子が嗅覚受容細胞に届きにくくなり、嗅覚刺激が慢性的に減少する可能性があります。刺激が減り続けた嗅球は、使われなくなった筋肉のように少しずつ萎縮していく——今回の研究は、そのような変化を遺体からの直接計測によって可視化しました。
86例の解剖で直接計測——研究のあらまし
トルコ・Tokat法医学研究所で実施されたこの前向き研究では、18〜80歳の86例(右側弯曲 46例、左側弯曲 40例)を対象に、遺体から直接取り出した脳の嗅球と嗅覚路を計測しました。同時にCT画像を使って鼻中隔の角度・体積・表面積・弯曲の複雑さを表す「tortuosity ratio(トルトゥオシティ比)」も評価しています。
これまでの多くの研究はMRI画像による間接的な評価でしたが、今回は実際の解剖標本を直接計測しており、より精度の高いデータが得られています。
嗅球・嗅覚路の長さ・幅・重量・体積を計測し、脳全体の大きさの違いを補正した「正規化体積」も算出。弯曲側と反対側で数値を比較しました。
曲がっている側の嗅球は小さかった——研究が示したこと
弯曲側の嗅球・嗅覚路は反対側より一貫して小さかった
最も重要な結果は、鼻中隔が曲がっている側の嗅球・嗅覚路が、反対側よりも有意に小さかったことです。弯曲側と反対側の形態計測値・体積・正規化体積の差は、いずれも統計的に有意でした。
具体的な数値を見てみましょう。左に曲がっているグループでは、左側の嗅球の長さが平均 13.00 mm(反対側 14.89 mm) と短くなっていました。嗅球の幅も左側が有意に小さく、嗅覚路(嗅索)も同様に、左側の長さが 20.86 mm・幅が 4.00 mm と反対側より低値でした。
重症度が高いほど、変化が大きかった
嗅球・嗅覚路の幅の変化は弯曲の重症度(正常・軽度・中等度・重度)と統計的に有意に関連していました。また、右側弯曲グループでは弯曲角度が大きいほど tortuosity ratio(弯曲の複雑さ)も高くなるという有意な相関が見られました。つまり、鼻中隔の曲がりが強く、複雑になるほど嗅球の変化も大きい傾向があるということです。
「鼻が曲がっていてにおいも弱い」と感じたら耳鼻咽喉科へ
今回の研究は遺体の解剖データであり、「鼻中隔弯曲症の患者さんは必ず嗅覚が低下している」と断言するものではありません。嗅球の形態変化が実際の嗅覚検査の成績にどう影響するかは、今後さらなる研究が必要です。
ただし、鼻中隔弯曲症で「においが変だ」「最近嗅覚が鈍った気がする」と感じている方は、それが鼻の曲がりと関連している可能性があります。鼻中隔矯正術によって気流が改善すると嗅覚が回復するという報告も存在しており、気になる症状がある場合は耳鼻咽喉科への相談をお勧めします。

まとめ
鼻中隔弯曲症は鼻づまりだけでなく、においを感じる嗅球・嗅覚路にも形態的な変化をもたらす可能性が86例の解剖研究で示されました。曲がっている側の嗅球は反対側より小さく、弯曲が強いほど変化が大きい傾向があります。「鼻づまりに加えて嗅覚の衰え」を感じる方は、ぜひ耳鼻咽喉科でご相談ください。
※本記事は最新研究を分かりやすく解説したものであり、診断・治療は専門医へご相談ください。

今回参考にした論文は、
Ozgen Sonmez MN, et al. Impact of nasal septal deviation on olfactory bulb and olfactory tract morphometry. Ann Anat. 2026;268:153363.
doi:10.1016/j.aanat.2026.153363
です。
Research Question:
鼻中隔弯曲症(NSD)の弯曲方向・角度・重症度は、嗅球(OB)および嗅覚路(OT)の形態計測・体積パラメータにどのような影響を及ぼすか。
Methods:
- デザイン: 前向き法医解剖研究
- サンプル: n=86(トルコ・Tokat法医学研究所; 右NSD 46例、左NSD 40例; 年齢 18–80歳; 2025年10月〜2026年1月)
- 主要アウトカム: OB・OT の長さ・幅・重量・体積(直接解剖計測);正規化体積比;NSD角度・septum体積・表面積・tortuosity ratio(3D Slicer, CT評価)
- 解析: 弯曲側 vs 反対側の対比較;NSD重症度別比較(正常・軽度・中等度・重度);NSD角度とOB/OTパラメータの相関(Pearson r)
Results:
- 主要結果: 弯曲側でOB・OT形態計測値・体積・正規化体積がすべて有意低下(全 p<0.001);左NSDでは左OB長 13.00 vs 14.89 mm(p=0.049)、左OB幅(p<0.001)、左OT長 20.86 mm(p=0.003)、左OT幅 4.00 mm(p<0.001)が反対側より有意低値
- 副次結果: OB・OT幅および tortuosity ratio は重症度群間で有意差あり(p<0.05);右NSDでは NSD角度と tortuosity ratio に有意相関(r=0.494, p<0.001)
- ⚠️ 解剖形態研究であり、嗅覚機能(psychophysical testing)との相関は本研究では評価していない。正規化体積の補正により個体間の脳サイズ差は一定程度制御されているが、他の交絡因子(慢性鼻炎・既往歴等)の詳細は抄録から確認できない範囲がある。
Conclusion & Implication:
- 著者結論: NSDは弯曲側のOB・OTに側性・重症度依存的な形態変化をもたらし、嗅覚路内の構造的非対称性の新たな解剖学的エビデンスを提供する。
- 臨床応用ポイント/リサーチギャップ: 嗅覚障害を訴えるNSD患者では鼻中隔矯正術が嗅覚改善に寄与する可能性があるが、本研究では機能評価を行っておらず因果関係は未確立。今後は画像形態計測+心理物理的嗅覚検査(TDI等)を組み合わせた研究が求められる。






