妊娠中の薬への不安、もう心配いりません
妊娠中に熱や痛みがある時、多くの方がアセトアミノフェン(カロナールやタイレノールなどの成分)を使用しています。
しかし、「妊娠中にアセトアミノフェンを飲むと赤ちゃんが自閉症になるかもしれない」という情報を目にして、不安に感じている方も多いのではないでしょうか。
実は、この心配はもう不要になったことが、最新の大規模な研究で明らかになりました。今日は、妊娠中のお薬の使用に関する新しい知見をわかりやすくお伝えします。
なぜこの問題が注目されたのか
アセトアミノフェンは、妊娠中に使える数少ない安全な解熱鎮痛薬として、世界中で広く使用されています。世界保健機関(WHO)やアメリカの食品医薬品局(FDA)も、妊娠中の使用を認めている薬です。
しかし、過去にいくつかの研究で「妊娠中にアセトアミノフェンを長期間使用した母親から生まれた子どもに、自閉症やADHD(注意欠如・多動性障害)が多い」という報告がされました。これらの研究結果を受けて、2021年には国際的な科学者グループが「念のため、医学的に必要でない限りアセトアミノフェンの使用を控えるべき」という声明を発表し、多くの妊婦さんが不安を抱えることになったのです。

ただし、これらの初期の研究には重要な問題がありました。それは「交絡」と呼ばれる、見せかけの関係を生む別の要因が考慮されていなかったことです。例えば、妊娠中にお薬を飲む原因となった高熱や感染症、あるいは家族の遺伝的な要因などが、実は赤ちゃんの発達に影響していた可能性があったのです。
史上最大規模の研究が示した真実
そんな中、2024年4月にアメリカの権威ある医学雑誌JAMAに、これに対する研究結果が発表されました。
この研究は、スウェーデンで1995年から2019年に生まれた約248万人の子どもとそのお母さんを対象とした、規模の大きな調査です。
この研究の最も重要な点は、「兄弟姉妹での比較」という信頼性の高い方法を使ったことです。同じお母さんから生まれた兄弟姉妹で、一人は妊娠中にアセトアミノフェンを使用し、もう一人は使用しなかった場合を比較することで、遺伝的な要因や家庭環境などの影響を取り除くことができます。
研究では、約18万6千人の子どもが妊娠中にアセトアミノフェンにさらされていました。最初の分析では、これまでの研究と同様に、アセトアミノフェンを使用した群でわずかに自閉症やADHDのリスクが高く見えました。しかし、兄弟姉妹での比較分析を行うと、その関係は完全に消失したのです。
数字で見る安心できる結果
具体的な数字で見ると、10歳時点での病気の発症率は以下の通りでした:
・自閉症:アセトアミノフェン未使用 1.33% vs 使用 1.53%
・ADHD:アセトアミノフェン未使用 2.46% vs 使用 2.87%
・知的障害:アセトアミノフェン未使用 0.70% vs 使用 0.82%
しかし、兄弟姉妹での比較では、自閉症、ADHD、知的障害のいずれについても、アセトアミノフェンの使用と発症リスクに関連は見つかりませんでした(ハザード比:自閉症 0.98、ADHD 0.98、知的障害 1.01)。
この結果を受けて、アメリカ産婦人科学会やヨーロッパ医薬品庁なども「現在の証拠では、妊娠中のアセトアミノフェン使用が自閉症の原因となるという結論は支持されない」と公式に発表しています。
つまり、妊娠中に適切にアセトアミノフェンを使用することは安全であり、つらい熱や痛みを我慢する必要はないということです。ただし、どんなお薬も必要最小限の使用が基本ですので、使用前には必ず医師や薬剤師にご相談ください。

まとめ
今回の大規模研究により、妊娠中のアセトアミノフェン使用と自閉症に因果関係はないことが科学的に証明されました。過去の心配は、様々な要因が混在していたことによる見せかけの関係だったのです。妊娠中の適切な薬物療法は、母子の健康を守る重要な治療法です。不安に思わず、医師の指導のもとで安心してご使用ください。
※本記事は最新研究を分かりやすく解説したものであり、診断・治療は専門医へご相談ください。

今回参考にした論文は、
Ahlqvist VH, et al. Acetaminophen Use During Pregnancy and Children’s Risk of Autism, ADHD, and Intellectual Disability. JAMA. 2024 Apr 9;331(14):1205-1214.
doi:10.1001/jama.2024.3172
です。
Research Question:
妊娠中のアセトアミノフェン使用は子どもの自閉症、ADHD、知的障害のリスクを増加させるか
Methods:
デザイン:
全国規模の人口ベースコホート研究(兄弟対照分析を含む)
対象:
n=2,480,797(スウェーデン、1995-2019年生まれ、2021年12月31日まで追跡)
主要アウトカム:
ICD-9/10に基づく自閉症、ADHD、知的障害の診断
解析:
Cox比例ハザードモデル;主要調整因子(出生コホート、児の性別、その他の鎮痛薬、
母体診断、分娩時期、出産回数、分娩時年齢、出生国、居住地域、同棲状況、BMI、
喫煙、既往歴等)
Results:
- 主要結果:兄弟対照分析においてアセトアミノフェン使用と発達障害の関連なし
- 自閉症:HR = 0.98 [95%CI 0.91–1.06]
- ADHD:HR = 0.98 [95%CI 0.93–1.04]
- 知的障害:HR = 1.01 [95%CI 0.89–1.14]
- 人口ベースモデルでは軽微な関連を認めたが、兄弟対照分析では関連は消失
- 用量反応関係は認められず
Conclusion & Implication
- 著者結論:妊娠中のアセトアミノフェン使用は兄弟対照分析において子どもの自閉症、ADHD、知的障害のリスクと関連しない。他のモデルで観察された関連は家族性交絡によるものと考えられる。
- 臨床応用ポイント:妊娠中のアセトアミノフェン使用に関する安全性への懸念は不要。適切な臨床的判断に基づく使用を妨げるべきではない。






