食べ物が飲み込みにくい——がん治療後に続く悩み
頭頸部がん(口・のど・喉頭・甲状腺など首から上のがん)の治療では、放射線が標準的に用いられます。しかし治療が終わった後も、「食べ物が飲み込みにくい」「むせやすくなった」「食事中によくせき込む」という悩みを抱える方が少なくありません。

この嚥下障害(えんげしょうがい)は、放射線によってのどや食道まわりの筋肉・神経がダメージを受けることで起こります。放置すると食べ物や液体が誤って気管に入る誤嚥(ごえん)が繰り返され、誤嚥性肺炎につながる危険があります。がんそのものが治っても、この後遺症が食事の楽しみや生活の質に長く影響することがあります。
嚥下障害のリハビリに「息を吐く筋肉を鍛える」という新発想
嚥下(飲み込み)には複雑な筋肉の連携が必要ですが、近年注目されているのが呼気筋力トレーニング(EMST:Expiratory Muscle Strength Training)という方法です。
EMSTは、特殊な器具(小さなバルブ付きの吹き込み装置)を使い、設定された圧力以上で息を吐く練習を繰り返すトレーニングです。息を吐く力(呼気筋)を鍛えることで、咳払いで気管内の異物を排出する力が強まり、誤嚥が起きても安全に対処できるようになることが期待されています。また、のどまわりの筋肉が全体的に強化されることで、嚥下動作そのものの改善にもつながる可能性があります。

これまでパーキンソン病などの神経疾患患者では一定の効果が報告されていましたが、放射線後の頭頸部がんサバイバーへの有効性はあまり検討されていませんでした。
30名のがんサバイバーを対象にした8週間の試験
今回紹介するのは、アメリカの医療機関が実施したパイロット(予備的)試験です。
対象は、放射線治療を終えて少なくとも3か月以上経過した頭頸部がんサバイバー30名(治療終了からの期間の中央値は16か月)。全員、嚥下造影検査で誤嚥が確認されていた方たちです。
参加者は専用の器具を使い、1日25回・週5日のEMSTを8週間続けました。トレーニングの前後に、息を吐く筋力(最大呼気圧:MEP)、咳の瞬発力(ピーク呼気流:PEF)、嚥下造影によるスコア、実生活での食事能力を測定して比較しました。
呼気筋力が66%向上、38%の患者で嚥下機能が改善
8週間のプログラムを完遂したのは30名中26名(87%)。出席率は89%、反復実施率は91%と、非常に高い遵守率が確認されました。
最も注目すべき結果は、息を吐く力(MEP)が平均66%も向上したこと(p < 0.001)です。また、嚥下造影検査と食事機能スケールで改善が見られた方は参加者の38%にのぼりました(p < 0.05)。
一方、咳の瞬発力(PEF)は8%の増加にとどまり、統計的な有意差には至りませんでした。副作用は30名中8名(26.7%)に認められましたが、重篤なものはなく、全体として安全なトレーニングであることが確認されました。
研究者たちは「EMSTは誤嚥のある頭頸部がんサバイバーに対して実施可能かつ安全であり、さらなるランダム化比較試験(RCT)を行う根拠が得られた」と結論づけています。
自宅でできる器具を使ったトレーニングで、のどの機能が改善する可能性があることは、がん治療後に嚥下障害で悩んでいる方にとって希望のある知らせです。ただしこれはパイロット試験であり、比較対象群のない小規模な研究です。この治療法が自分に適しているかどうかは、耳鼻咽喉科医や言語聴覚士に相談してみてください。

まとめ
放射線後の嚥下障害を持つ頭頸部がんサバイバーに対し、8週間の呼気筋力トレーニング(EMST)が安全に実施でき、呼気筋力が66%改善し、約4割の患者で嚥下機能向上が示されました。今後の大規模比較試験が期待されます。
※本記事は最新研究を分かりやすく解説したものであり、診断・治療は専門医へご相談ください。

今回参考にした論文は、
Manduchi B, et al. Expiratory Muscle Strength Training in Head and Neck Cancer Survivors With Radiation-Associated Dysphagia: Results of a Pilot Prospective Trial. Head Neck. Published online April 11, 2026.
doi:10.1002/hed.70273
です。
Research Question:
放射線関連嚥下障害(RAD)を有する頭頸部がん(HNC)サバイバーにおいて、8週間のEMSTプロトコルは実施可能・安全であり、呼気筋力および嚥下機能を改善するか?
Methods:
- デザイン:単群前向きパイロット試験
- サンプル:n=30(放射線治療終了≥3か月、中央値16か月、PAS≥6の誤嚥確認例、米国単施設)
- 主要アウトカム:MEP(最大呼気圧)、PEF(ピーク呼気流)、PAS(嚥下造影スコア)、IDDSI-FDS(食事機能スケール)、有害事象
- 介入:EMST 25回×5日/週×8週間
- 解析:前後比較
Results:
- 完遂率:26/30(87%)
- 遵守率:セッション89%・反復91%
- MEP:+66%(p < 0.001)
- PEF:+8%(p = 0.23、非有意)
- PAS・IDDSI-FDS改善:38%の参加者(p < 0.05)
- 有害事象:8/30(26.7%)、重篤なものなし
Conclusion & Implication:
- 著者結論:EMSTはRADを有するHNCサバイバーにおいて実施可能かつ安全であり、呼気機能・嚥下機能の改善が示された。ランダム化比較試験による検証が正当化される。
- 臨床応用:言語聴覚士主導の嚥下リハビリメニューへのEMST組み込みが示唆される。PEFの改善が限定的であった点や単群デザインの限界から、無作為化・盲検化されたRCTでの検証がリサーチギャップとして残る。






