「難聴」や「発達の遅れ」の原因が、妊娠中のウイルス感染だったとしたら?
赤ちゃんが生まれた後、「言葉の発達が遅い」「聞こえが悪いかもしれない」と感じるとき、多くの親御さんは遺伝や偶然のことと考えがちです。
しかしその原因のひとつに、妊娠中にお母さんがかかったサイトメガロウイルス(CMV)という感染症が関わっていることがあります。

先天性CMV感染症は、生まれながらにウイルスを持って生まれてくる病気で、世界的に最も多い先天性感染症のひとつです。聴力の低下(難聴)や言葉・運動の発達の遅れを引き起こすことがあり、子育て世代にぜひ知っておいていただきたいテーマです。
「CMV」とはどんなウイルス?なぜ赤ちゃんへの影響が大きいの?
サイトメガロウイルス(CMV)はヘルペスウイルスの仲間で、成人の多くはすでに感染を経験しています。先進国では成人の40〜80%が過去に感染しているとされており、健康な大人では感染しても症状がほとんど現れないため、「気づかないうちにかかっていた」というケースが少なくありません。
問題になるのは、妊娠中に初めてCMVに感染した場合(初感染)や、以前の感染が再び活性化した場合です。このとき、ウイルスが胎盤を通じてお腹の赤ちゃんに感染することがあります。これを先天性CMV感染症(cCMV)と呼びます。

CMVは唾液・尿・血液・母乳などのさまざまな体液を通じて広がります。特に保育士・教師・医療従事者など、小さな子どもと日常的に接する機会の多い妊婦さんには注意が必要です。すでにCMVに感染している幼い子どもが唾液や尿の中に大量のウイルスを排出しているからです。
赤ちゃんへの感染が起こると、難聴(感音性難聴)や言葉・運動の発達の遅れ、脳の異常など、さまざまな後遺症が生じる可能性があります。特に出生時には気づかれず、成長してから症状が現れる「遅発型」のケースもあり、長期にわたる経過観察が欠かせません。
最新研究が明らかにした「リスクの高い赤ちゃん」の特徴
イタリア・シチリア島の大学病院で行われた研究では、妊娠中にCMVに感染したお母さんから生まれた43人の赤ちゃんを対象に、2019年から2023年にかけて追跡調査が行われました。
その結果、43人中31人(72%)が先天性CMVに感染していることが確認されました。感染した赤ちゃんのうち約39%にあたる12人が、言葉の発達の遅れ(58%)、運動の発達の遅れ(50%)、てんかん(8%)など、何らかの神経症状を示しました。難聴(感音難聴)は感染した赤ちゃんの約6%にあたる2人に診断されています。
特に重要な発見として、以下の2つが後遺症のリスクを予測できる目印として浮かび上がりました。
- 血液中のウイルス量が多い(3500 gEq/ml以上):難聴のリスクが統計的に有意に高くなります。
- お腹の中での発育が遅い(子宮内発育不全、IUGR):神経学的な後遺症のリスクが高くなります。
また、妊娠前に一度も感染したことがない状態での初感染は、再感染・再活性化と比べて赤ちゃんへの感染率が統計的に有意に高いことも確認されました(p < 0.01)。逆に言えば、以前にCMVに感染したことがあっても安心はできず、二次感染でも赤ちゃんへの影響が起こりうることを覚えておく必要があります。
私たちにできること——予防・早期発見・長期的なフォローアップ
現時点で、CMVに対するワクチンはまだ存在しません。しかし、日常的な衛生管理を徹底することで、感染リスクを大きく下げることができます。特に妊婦さん、あるいは妊娠を考えている方に実践していただきたい予防策を紹介します。
- こまめな手洗い:幼い子どもと接したあとは、必ず石けんで手を洗いましょう。
- 食器・コップの共有を避ける:感染した幼児の唾液にはウイルスが含まれているため、同じ食器を使わないようにします。
- 子どもの口へのキスを避ける:頬へのキスは問題ありませんが、口へのキスは控えましょう。
- 担当医への相談:子どもと接する職業の方は、産科の先生に感染リスクについて相談することをお勧めします。

赤ちゃんが生まれた後も、早期診断が重要です。生後2週間以内に尿や唾液のPCR検査を行うことで先天性CMVを確認でき、診断が早いほど抗ウイルス薬(バルガンシクロビルなど)による治療を早期に始められる可能性が広がります。
さらにこの研究が強調するように、難聴は出生後すぐではなく、成長とともに遅れて現れたり、進行したりすることがあります。定期的な聴力検査と発達のチェックを、少なくとも2歳以降も続けることが大切です。
まとめ
先天性CMVは、赤ちゃんの難聴や発達の遅れを引き起こす、最も身近な先天性感染症のひとつです。妊娠中の手洗いをはじめとした衛生習慣の徹底と、生後早期のPCR検査による早期診断・長期フォローアップによって、先天性CMVによる赤ちゃんへの影響を最小限に抑えることができます。
※本記事は最新研究を分かりやすく解説したものであり、診断・治療は専門医へご相談ください。

今回参考にした論文は、
Garozzo MT, et al. Maternal transmission, neonatal outcomes, and predictors of adverse effects in congenital cytomegalovirus infection. Pediatr Neonatol. Published online February 13, 2026.
doi:10.1016/j.pedneo.2025.08.016
です。
Research Question:
妊娠中にCMVに感染した母親から生まれた新生児において、母児感染率・神経発達転帰・聴覚転帰の予測因子はどのような関連を示すか?
Methods:
- デザイン:前向き縦断的観察研究
- サンプル:n=43(イタリア・シチリア島カターニア大学病院Policlinico-San Marco、2019–2023年)
- 主要アウトカム:cCMV診断(生後2週間以内の尿または唾液PCR)、神経学的転帰(Bayley-III)、聴覚転帰(OAE・ABR、6か月ごと2歳まで、以降年1回)
- 解析:カイ二乗検定・オッズ比(非パラメトリック); 有意水準 p < 0.05
Results:
- 母児感染率:31/43(72%);初感染 vs 非初感染でOR=2.399(χ²=7.481、p<0.01)
- 妊娠三半期別感染率:第1三半期66.7%、第2三半期80%、第3三半期62.5%(三半期間の有意差なし)
- 神経症状:感染児の38.7%(12/31);言語遅滞58.3%、運動遅滞50%、てんかん8.3%、小頭症8.3%、行動障害8.3%
- 感音難聴(SNHL):感染児の6.4%(2/31);高血中ウイルス量(≥3500 gEq/ml)とSNHLに有意な関連(χ²=4.96、p<0.05)
- 子宮内発育不全(IUGR):神経学的有害転帰の有意な予測因子(χ²=3.8、p=0.05)
- 尿中高ウイルス量(>107 IU/ml)は神経学的転帰・総合有害転帰との有意な相関なし
- MRI異常(Alarcon score)と転帰の統計的有意差なし(OR=1.42、χ²=2.24);ただし傾向あり(MRI異常例の75%が有害神経転帰)
- 血液CMV陽性と全有害転帰:OR=1.909(χ²=4.408、p<0.05)
- 抗ウイルス療法(GCV→ValGCV):4例に施行(CNS関与またはSNHL適応)、3例で追跡中の聴力閾値安定を確認
Conclusion & Implication:
- 著者結論:高血中ウイルス量とIUGRはcCMVにおける有害転帰の早期予測因子として機能しうる。早期診断・ペアレンタルカウンセリング・長期フォローアップが不可欠。大規模多施設研究による検証が必要。
- 臨床応用ポイント:血中ウイルス量(≥3500 gEq/ml)は聴覚転帰リスク層別化に有用;IUGRを認める感染新生児は神経発達外来への早期紹介を検討。2歳以降も継続的な聴力・神経発達評価を実施。ユニバーサル新生児cCMVスクリーニング(唾液PCR)の普及が望まれる。






