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★口腔がん・咽頭がん術後の飲み込み困難、リスク因子特定で予防を

はじめに

 口やのどのがんの手術を受けた後、「食べ物がうまく飲み込めない」「むせやすくなった」といった悩みを抱える患者さんは少なくありません。

 この症状は「嚥下障害」と呼ばれ、単に食事が困難になるだけでなく、栄養不良誤嚥性肺炎といった深刻な合併症につながる可能性があります。

 しかし、どのような患者さんがこの症状を起こしやすいのか、これまでじゅうぶんに明らかにされていませんでした。最近の研究により、術後の嚥下障害を引き起こすリスク因子が明らかになり、早期から適切な対策を取ることで、患者さんの生活の質を改善できる可能性が示されています。

なぜ口腔がん・咽頭がんで嚥下障害が起こるのか

 口やのどは、食べ物を飲み込む際に重要な役割を果たしています。口の中で食べ物を噛み砕き、唾液と混ぜ合わせて飲み込みやすい形にし、のどを通って食道へと送り込む一連の動きは、複数の筋肉や神経が絶妙に連携することで成り立っています。

 口腔がんや咽頭がんの治療では、がん細胞を完全に取り除くために手術による切除が必要となります。しかし、この手術により飲み込みに関わる重要な組織や筋肉が一部失われたり、機能が低下したりすることがあります。さらに、手術後に行われる放射線治療や化学療法も、正常な組織にダメージを与え、嚥下機能の低下につながります。

 実際に、頭頸部がん患者さんの約50%で嚥下障害が生じるとされており、この問題は患者さんの日常生活に大きな影響を与えています。食事の楽しみが失われるだけでなく、必要な栄養を摂取できなくなったり、誤って気管に食べ物が入ることで肺炎を起こしたりするリスクも高まります。

 そのため、どのような患者さんが嚥下障害を起こしやすいかを事前に知ることは、適切な予防策や治療計画を立てる上で極めて重要なのです。

世界規模の研究で明らかになったリスク因子

 今回の研究は、これまでに発表された複数の研究結果を統合して分析する「系統的レビューとメタ解析」という手法を用いて行われました。これは、個々の研究では見えにくい傾向や関連性を、より大きなデータで検証する科学的に信頼性の高い方法です。

 研究チームは、口腔がんや咽頭がんの手術を受けた患者さんを対象とした研究を世界中から収集し、どのような要因が術後の嚥下障害と関連しているかを詳しく調べました。がんの部位、大きさ、進行度、患者さんの年齢、手術の方法、追加で行われる治療など、様々な要因について統計学的な解析が行われました。

 この研究の特徴は、単一の病院や地域の結果ではなく、世界各国の医療機関から得られたデータを統合している点です。これにより、より普遍的で信頼性の高い結果を得ることができ、日本の患者さんにとっても参考になる知見が得られています。

研究結果がもたらすもの

 この大規模な解析(21の研究、3,352名の患者データ)により、術後嚥下障害のリスクを高める9つの重要な因子が明らかになりました。特に注目すべきは、60歳以上の患者さんでは約3倍進行したがん(T3/T4期)では約3倍嚥下障害のリスクが高くなることが明らかにされたことです。

 手術の範囲も大きく影響し、舌の根元を半分以上切除する場合は約6倍舌を大きく切除する場合は約3.5倍のリスクとなります。また、術後に放射線治療を受ける患者さんでは約2倍嚥下障害が起こりやすくなることも確認されています。

(注)
実際はリスク比ではなくオッズ比なので、「オッズ比が○倍=リスクが○倍」ということはできません。それを理解した上で一般の人にイメージしやすいようにこのように記載しました。
参照:https://ekigakutokei-class.com/oddsratio/

 さらに、手術前からすでに飲み込みに問題がある患者さんや、心臓病や糖尿病などの他の病気を持っている患者さんでも、リスクが高くなることが分かりました。がんの発生部位によってもリスクは異なり、のどの奥(咽頭)に発生したがんの方が、口の中(口腔)のがんよりも嚥下障害を起こしやすい傾向があります。

 この研究結果を受けて、患者さんとご家族にお勧めしたいのは、治療前の段階で担当医と十分に相談することです。

 自分のがんの状態や予定されている治療内容から、嚥下障害のリスクがどの程度あるかを把握し、早期からリハビリテーションや栄養管理の計画を立てることで、より良い治療結果と生活の質の維持が期待できます。

まとめ:

 口腔がん・咽頭がんの術後嚥下障害は、適切なリスク評価と早期介入により予防・軽減が可能です。この研究により明らかになったリスク因子を理解し、治療チームと連携することで、患者さんの生活の質を守ることができるのです。

今回参考にした論文は、
Zhang J, et al. Risk Factors for Postoperative Dysphagia in Patients with Oral Cavity and Oropharyngeal Cancer: A Systematic Review and Meta-analysis. Dysphagia. 2025. Epub ahead of print.
doi: 10.1007/s00455-025-10854-y. PMID: 40542856.
です。

Research Question:

 口腔がんおよび咽頭がん患者における術後嚥下障害のリスク因子を系統的レビューとメタ解析により明らかにする

Methods:

デザイン:
  系統的レビューとメタ解析
データベース:
  PubMed, Embase, Web of Science等9データベース(2023年7月まで)
サンプル:
  21研究、3,352名の口腔がん・咽頭がん術後患者
主要アウトカム:
  術後嚥下障害の発症
解析:
  22因子について横断研究、コホート研究、症例対照研究のメタ解析

Results:

  • 主要結果: 9つの独立したリスク因子を同定
    • 年齢≧60歳: OR = 3.161 [95%CI: 1.334-7.493]
    • 術前の嚥下機能不良: OR = 2.618 [95%CI: 1.733-3.955]
    • 併存疾患: OR = 2.636 [95%CI: 1.556-4.467]
    • T3/T4病期: OR = 2.864 [95%CI: 1.130-7.256]
    • 中咽頭腫瘍: OR = 1.890 [95%CI: 1.019-3.504]
    • 舌根切除≧50%: OR = 6.092 [95%CI: 1.429-25.975]
    • 舌亜全摘/全摘: OR = 3.433 [95%CI: 1.407-8.376]
    • 口腔底の切除範囲: OR = 1.457 [95%CI: 1.089-1.949]
    • 術後放射線療法: OR = 2.247 [95%CI: 1.035-4.878]

Conclusion & Implication:

  • 著者結論:口腔がん・咽頭がん患者における術後嚥下障害の9つのリスク因子を同定。早期同定により患者管理の基盤を提供
  • 臨床応用ポイント:術前リスク層別化による個別化ケア、高リスク患者への予防的嚥下リハビリテーション、多職種連携による包括的管理の重要性

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