脳卒中後、「飲み込むこと」が難しくなった方へ
脳卒中(脳梗塞や脳出血)を経験した後、食べ物や飲み物をうまく飲み込めなくなったと感じる方は少なくありません。これを嚥下(えんげ)障害と呼び、脳卒中後の患者さんの約40〜45%に見られる合併症です。

飲み込みがうまくいかないと、食べ物や飲み物が気管に入ってしまう誤嚥(ごえん)が起こりやすくなります。誤嚥が繰り返されると肺炎(誤嚥性肺炎)を引き起こし、入院や命に関わるリスクにもつながります。現在の標準的な対応は飲み物にとろみをつける方法ですが、これはあくまでも安全に飲み込めるよう補助するものであり、嚥下機能そのものを回復させる治療ではありません。
こうした現状のなか、2026年にスペインの研究グループがScientific Reports誌に発表した研究で、「冷たい感触(冷感)のフレーバーを含む栄養補助飲料」が脳卒中後の嚥下障害患者さんの飲み込み機能を改善させることが示されました。身近な形での感覚刺激によって嚥下機能の回復を助けるアプローチとして、注目される結果です。
なぜ「冷たい刺激」が飲み込みを助けるのか
私たちののどの粘膜には、温度や痛みを感じるためのセンサー(感覚受容体)が分布しています。なかでもTRPM8(トリップM8)と呼ばれる受容体は、冷たさを感じる役割を担っており、メントール(ハッカの成分)などの冷感物質によって活性化されます。
脳卒中後の嚥下障害では、のどの感覚受容体の働きが低下していることが知られています。感覚が鈍くなると、脳や脳幹への信号伝達が遅れ、飲み込みの反射がタイミングよく起こりにくくなります。特に「自然に唾液を飲み込む回数(自発嚥下頻度)」が低下することで、口の中や咽頭に分泌物が溜まりやすくなり、誤嚥のリスクが高まります。
TRPM8受容体が刺激されると、のどの神経からサブスタンスP(SP)という神経ペプチドが分泌されます。サブスタンスPは嚥下の反射を促す重要な物質で、この濃度が低下していることが嚥下障害の一因と考えられています。過去の研究では、カプサイシン(唐辛子の成分)やメントールをのどに直接投与することで嚥下機能が改善したことが報告されていました。今回の研究は、より実用的な形——「日常的に飲める栄養補助飲料」——でこの効果を確認した点が重要です。

50人の患者さんで検証した臨床試験
この研究はスペイン・マタロー大学病院の嚥下障害専門チーム(Tomsen N, Españó D, Nuñez-Lara A, Clavé P)が実施した無作為化クロスオーバー臨床試験です。
対象は、脳卒中発症から3か月以上が経過した慢性期の嚥下障害患者50人(平均年齢67.9歳、女性50%)で、全員が飲み込みの安全性または効率に問題があることが確認されていました。
参加者は2つのグループに無作為に分けられ、次の2種類の飲料を1週間以上の間隔をあけて交互に摂取しました。
- 有効製品:冷感フレーバー(レモンミント味)入りとろみ栄養補助飲料(TRPM8受容体作動薬を含む)
- 対照製品:同じとろみ栄養補助飲料のいちご味(TRPM8作動薬なし、粘度は同等)
各訪問時に合計50mlの飲料を4回に分けて約20分かけて摂取し、摂取前後に「嚥下の安全性テスト(V-VST:量と粘度を変えながら嚥下を評価する検査)」と「自発嚥下頻度の測定」を実施しました。加えて、唾液を採取して神経ペプチドの変化も調べました。
飲み込み回数が51%増加——研究が示した結果と今後の可能性
冷感フレーバー飲料を摂取した後、対照飲料と比べて以下の変化が確認されました。
- 自発嚥下頻度が51%増加(0.33回/分 → 0.50回/分、p<0.0001)。じっとしているときに自然と唾液を飲み込む回数が大幅に増え、口腔内の分泌物が溜まりにくくなったことを示しています。
- 飲み込みの安全性が改善(問題ありの割合:60% → 38%、p=0.045)。液体などが誤って気道に入るリスクが22%低下しました。具体的には、飲み込んだ際の「声のかすれ」(液体が声帯に触れているサイン)が48%から24%へと半減しました(p=0.021)。
- 唾液中のサブスタンスPが15%増加(119.3 → 131.1 pg/ml、p=0.045)。のどの感覚神経が実際に活性化したことを示しています。
一方、対照製品(いちご味)を摂取した後はこれらの数値に有意な変化は見られませんでした。
この研究が示すのは、「TRPM8受容体を活性化する冷感フレーバーの飲料を摂取することで、のどの感覚神経が刺激され、嚥下機能が改善する可能性がある」という点です。現段階では医療機関・専門施設での管理下での使用を想定した研究ですが、将来的には嚥下障害のある脳卒中後患者さんの食事支援として活用できる可能性があります。
なお、嚥下障害の治療や管理は、必ず主治医・言語聴覚士などの専門職のもとで行うことが重要です。自己判断でメントール成分を過剰に摂取することなどは避け、気になる症状がある場合は医療機関にご相談ください。

まとめ
脳卒中後の嚥下障害患者50人を対象とした臨床試験で、冷感フレーバー(TRPM8受容体作動薬)入り栄養補助飲料が自発嚥下頻度を51%増加させ、飲み込みの安全性を22%改善させることが示されました。のどへの感覚刺激が嚥下機能回復を助ける、新たなアプローチとして注目されます。
※本記事は最新研究を分かりやすく解説したものであり、診断・治療は専門医へご相談ください。

今回参考にした論文は、
Tomsen N, et al. An oral nutritional supplement with TRPM8 agonists as a cooling flavor improved swallowing function in post-stroke patients with oropharyngeal dysphagia. Sci Rep. Published online June 19, 2026.
doi:10.1038/s41598-026-58808-0
です。
Research Question:
慢性期脳卒中後口咽頭嚥下障害(PSOD)患者において、TRPM8受容体作動薬を含む冷感フレーバー入り経口栄養補助飲料(ONS)の急性投与は、自発嚥下頻度(SSF)および随意嚥下の安全性・有効性を改善するか?
Methods:
- デザイン:無作為化クロスオーバー介入オープンラベル臨床試験
- サンプル:n=50(スペイン・マタロー大学病院嚥下障害ユニット、平均年齢67.86±11.81歳、女性50%、脳卒中発症から3か月以上経過した慢性期PSOD)
- 主要アウトカム:SSF(回/分、sEMGおよびaccelerometryで10分測定)、V-VSTによる安全性障害(誤嚥・penetration)・有効性障害の有病率、唾液中サブスタンスP(SP)・CGRP濃度
- 解析:対応t検定・カイ二乗検定(群内pre-post比較)、unpaired t検定・カイ二乗検定(群間比較)、difference-in-difference(DiD)解析による因果効果推定。データ解析者はブラインド。
Results:
- 主要結果(全50例合算):
- SSF:有効ONS投与後0.33±0.25 → 0.50±0.27回/分(+51.6%、p<0.0001)、対照では有意変化なし。DiD=0.098(p=0.032)
- 安全性障害有病率:有効ONS投与後60% → 38%(−22%、p=0.0449)。DiD=−16(p=0.044)
- 声変化(声門への液体接触指標):48% → 24%(p=0.0213)
- 唾液中SP:119.30±87.84 → 131.12±97.45 pg/ml(+15%、p=0.0453)
- 副次結果:CGRP有意変化なし。咽頭残留(80% → 62%、p=0.0769)は傾向のみ。Group A(Visit 1で有効ONS先行投与)では咽頭残留有病率が92% → 64%(p=0.0374)と有意改善。DiDによるSPへの因果効果は非有意(DiD=4.67、p=0.747)。
Conclusion & Implication:
- 著者結論:TRPM8作動薬を含む冷感フレーバーONSはPSOD患者において口咽頭感覚知覚を増強し、SPの末梢放出を高め、SSFと随意嚥下の安全性を改善した。これは大脳皮質・脳幹両レベルでの嚥下応答の増強を示唆する。
- 臨床応用ポイント:既存のとろみ付きONS(粘度385〜705 mPa·s)にTRPM8作動薬を配合するだけで嚥下機能改善効果が期待でき、侵襲性の低い感覚刺激療法として補完的に使用可能。慢性期PSODに対するTES(経皮的電気刺激)等との併用、および長期反復投与による効果の持続性検証が今後の課題。






