「耳鳴りは治らない」とあきらめていませんか?
「耳鳴りがうるさくて眠れない」「ずっと頭の中でキーンという音が鳴り続けている」
――そんな悩みを抱えながらも、「耳鳴りには有効な治療法がない」と言われてあきらめている方は少なくありません。
耳鳴りは世界人口の約14.4%が経験しているとされ、そのうち約2.3%の方は日常生活に支障をきたすほどの深刻な症状を持っています。加齢とともに患者数は増加していく見込みで、社会的にも重要な課題です。

そのような中、2026年にJAMA Otolaryngology誌に日本から重要な研究結果が報告されました。「スマートフォンアプリが慢性耳鳴りの治療に有効である」というランダム化比較試験の結果です。
耳鳴りの治療の現状:なぜアプリに注目するのか
現在のところ、慢性耳鳴りを根本的に治す方法はありません。治療の目標は「耳鳴りに対する苦痛を和らげること」です。
そのための最も有効な治療法として、世界中のガイドラインで推奨されているのが認知行動療法(CBT)です。CBTは「耳鳴りに対する考え方や行動のパターンを変えることで、苦痛を軽減する」という心理療法で、複数のランダム化比較試験やメタ解析によって有効性が確認されています。日本の診療ガイドラインにも第一選択治療として記載されています。
しかし、大きな問題があります。CBTを実施するには専門的なトレーニングを受けた治療者と、相応の臨床設備が必要です。日本の耳鼻咽喉科では、CBTを実際に提供できる施設が非常に限られているのが実情です。全国調査でも、耳鳴り診療のばらつきが大きく、根拠に基づく心理的介入へのアクセス不足が指摘されています。
こうした課題を解決する可能性として注目されているのが、デジタルセラピューティクス(DTx)です。スマートフォンなどのデジタル端末を通じて、いつでもどこでも標準化された治療を届けられる仕組みです。ドイツではCBTベースの耳鳴りアプリが医療機器として承認され、韓国でも2025年に承認済みです。日本でも同様の研究が始まりました。

どんな研究が行われたのか
東海大学医学部付属病院、オトクリニック東京、静岡赤十字病院の3施設で、慢性耳鳴りに悩む患者60人(女性55%、中央値年齢58.5歳)を対象に二重盲検シャムコントロール(偽処置対照)ランダム化比較試験が実施されました。
参加者は治療アプリを使うグループ(30人)と、見た目は同じでも治療的な機能を持たない「シャムコントロールアプリ」を使うグループ(30人)に無作為に割り付けられました。参加者も医師も、どちらのアプリを使っているかを知らない「二重盲検」という厳格な方法で行われました。
治療アプリの内容は4つの柱から成ります:
- 疾患教育:耳鳴りについての正しい知識を身につけ、誤解や恐怖心を取り除く
- リラクゼーション:呼吸法や筋弛緩法など、耳鳴りに伴う緊張をほぐす音声ガイド
- 認知トレーニング:耳鳴りに対する「破局的な思考」を見直し、注意の転換やマインドフルネスを練習する
- 行動活性化:耳鳴りを恐れて避けていた活動を少しずつ再開する
治療内容はすべて自動化されており、参加者の回答に応じて最適なアドバイスが自動で提示されました。アプリは個人のスマートフォンにインストールして使用し、16週間の治療期間とその後8週間の経過観察が行われました。
結果:アプリ使用で耳鳴りの苦痛が大幅に軽減、効果は8週間後も持続
主な評価指標は「THI(耳鳴りハンディキャップ調査票)」という耳鳴りによる生活障害の指標です(0〜100点、高いほど障害が大きい)。
16週後の結果(主要評価項目):
- 治療アプリグループ:THIが平均16.8点改善
- シャムコントロールグループ:THIが平均3.6点悪化
- グループ間の差:−20.4点(95%信頼区間 −28.2〜−12.6)
この差は、「臨床的に意味のある最小差」として定義されている7点を大きく上回るものでした。
さらに注目すべき副次的な結果:
- 臨床的に意味のある改善(THI 7点以上の改善)を達成した割合:治療アプリ70% vs シャムコントロール27%(差43.3%)
- 耳鳴りが「障害なし」のレベル(THI 18点未満)まで改善した割合:治療アプリ40% vs シャムコントロール7%(差33.3%)
- 治療終了8週後(24週時点)も効果は維持:グループ間差 −18.3点(95%信頼区間 −26.4〜−10.1)
- 不安スコア(HADS不安):治療アプリで有意に改善(グループ間差 −1.7点)
- 睡眠障害(AIS):治療アプリで有意に改善(グループ間差 −1.8点)
安全性については、シャムコントロールグループで耳鳴りの悪化が1件あったのみで、治療アプリグループでは重篤な副作用や機器の不具合はみられませんでした。アプリへの継続率も治療グループで86.2%と高い水準を維持しました。
生活へのヒント:
現時点でこのアプリは一般公開されていませんが、この研究結果は「スマートフォンを使って自分のペースでCBTの要素を学ぶことが、耳鳴りの苦痛を和らげる可能性がある」ことを示しています。
専門医への受診と並行して、正しい耳鳴りの知識を身につけ、「耳鳴りを恐れすぎない」という姿勢を心がけることも、症状の受け入れに役立つかもしれません。
耳鳴りでお困りの方は、まずは耳鼻咽喉科への受診をお勧めします。

まとめ
スマートフォンの耳鳴り治療アプリが、二重盲検ランダム化比較試験によって有効性を示しました。CBTにアクセスしにくい日本の現状を変えるデジタル治療の可能性が開けてきました。
※本記事は最新研究を分かりやすく解説したものであり、診断・治療は専門医へご相談ください。

今回参考にした論文は、
Wasano K, et al. Mobile Application as a Digital Therapeutic for Chronic Tinnitus: A Randomized Clinical Trial. JAMA Otolaryngol Head Neck Surg. 2026;152(7):677-685.
doi:10.1001/jamaoto.2026.0858
です。
Research Question:
スマートフォンベースのCBT治療アプリは、シャムコントロールアプリと比較して、慢性耳鳴り患者(THI≥18点)の耳鳴り関連苦痛(THI)を有意に改善するか?
Methods:
- デザイン:二重盲検シャムコントロール並行群間比較ランダム化比較試験
- サンプル:n=60(治療アプリ30名、シャムコントロール30名);日本3施設(東海大学医学部付属病院、オトクリニック東京、静岡赤十字病院);年齢18〜75歳(中央値58.5歳);2023年9月〜2025年2月実施
- 主要アウトカム:ベースラインから16週時点へのTHIスコア変化量
- 副次アウトカム:TFI、NRS(耳鳴りの煩わしさ・コントロール感)、HADS(不安・抑うつ)、AIS(不眠)、PGI-I
- 解析:MMRM(混合効果反復測定モデル);ITT(FAS)とPP解析の両方実施;割付はminimization法(性別・年齢・THIスコアで層別)
Results:
- 主要結果:16週時点のTHI変化量グループ間差 −20.4点(95%CI −28.2〜−12.6);治療アプリ群 −16.8点(95%CI −22.7〜−11.0)、シャムコントロール群 +3.6点(95%CI −2.3〜+9.4)
- MCID達成率(THI≥7点改善):治療アプリ70% vs シャムコントロール27%(差43.3%, 95%CI 16.9〜65.1%)
- THI<18点(障害なし)達成率:治療アプリ40% vs シャムコントロール7%(差33.3%, 95%CI 11.4〜53.7%)
- 効果の持続:24週時点(治療終了8週後)もグループ間差 −18.3点(95%CI −26.4〜−10.1)で有意差維持
- 副次結果(16週):TFI グループ間差 −17.0(95%CI −25.7〜−8.4)、NRS煩わしさ −2.2(95%CI −3.3〜−1.2)、NRSコントロール −2.4(95%CI −3.6〜−1.2)、HADS不安 −1.7(95%CI −3.1〜−0.3)、AIS −1.8(95%CI −3.4〜−0.2)、HADS抑うつ −1.5(95%CI −3.1〜+0.2、有意差なし)
- サブグループ解析:聴力障害なし・低ベースラインTHI・高HADS不安/抑うつスコア層では統計学的有意差非検出(フロア効果・サンプルサイズ不足が示唆)
- 安全性:有害事象1件(耳鳴り悪化、シャムコントロール群);重篤な有害事象・機器不具合なし
- アプリ遵守率:治療アプリ86.2%、シャムコントロール91.5%
Conclusion & Implication:
- 著者結論:CBTと教育カウンセリングを統合したスマートフォンアプリは、慢性耳鳴りの苦痛および機能障害を有意かつ持続的に改善した。標準化された耳鳴り治療の新たな選択肢となりうる。
- 臨床応用ポイント:CBTの治療者が不足している日本の耳鼻咽喉科領域において、デジタルセラピューティクスによる治療アクセスの拡大が期待される。シャムコントロール設計によって薬事申請に耐えうるエビデンスレベルを確保した点は、今後の規制対応の観点からも重要。ただし単一国・3施設での探索的試験(n=60)であり、より大規模な確認的試験が必要。利益相反として、研究スポンサーが杏林製薬社であることに留意。
- リサーチギャップ:より多施設・大規模での確認的RCT;聴力障害のない耳鳴り患者・高不安/抑うつ患者への有効性検証;長期経過(1年以上)のデータが必要。






