「この薬、飲み続けて大丈夫でしょうか?」という不安
花粉症や慢性副鼻腔炎、蕁麻疹などのアレルギー性の病気で、抗ヒスタミン薬を毎日服用している方は少なくありません。この薬を長期間飲み続けることに、「認知症になりやすくなるのではないか?」と不安を感じている方もいらっしゃるのではないでしょうか。
インターネット上でも「抗ヒスタミン薬と認知症」というテーマへの関心は高く、過去にいくつかの研究が「抗ヒスタミン薬と認知症のあいだに関連がある可能性がある」と報告してきたことも、不安の一因になっています。

では実際のところはどうなのでしょうか。2026年、ドイツ・シャリテ大学医学部などの研究グループが、この疑問に大規模なデータを用いて取り組んだ論文を発表しました。
結論から先に述べると、現在よく使われている新しいタイプの抗ヒスタミン薬(第2世代)が認知症リスクを高めるとは示されませんでした。
「古い薬」と「新しい薬」——抗ヒスタミン薬の世代の違い
抗ヒスタミン薬には「世代」の違いがあります。
かつてよく使われた第1世代(ポララミン®など)は、脳の中に入り込みやすく、眠気を引き起こしたり神経機能に影響を与えたりすることが知られています。このため、脳への影響が以前から懸念されてきました。
一方、現在の標準治療で使われる第2世代(フェキソフェナジン〔アレグラ®〕、セチリジン〔ジルテック®〕、ロラタジン〔クラリチン®〕、ビラスチン〔ビラノア®〕など)は、脳への移行が少なく、眠気も出にくいよう改良されています。アレルギー性鼻炎や慢性蕁麻疹の第一選択薬として世界中のガイドラインで推奨されており、長期使用も珍しくありません。

過去の研究(台湾の67万人規模のコホート研究や米国の副作用報告データベース解析)では、抗ヒスタミン薬と認知症との関連が指摘されましたが、喫煙習慣・アルコール摂取・身体活動量・遺伝的要因といった「認知症の原因になりうる別の要素」が十分に取り除かれていないという問題がありました。
今回の研究はこうした先行研究の課題を克服することを目的としています。
約6万人を5年間追跡した大規模研究
今回の研究は、米国67の医療機関が参加する「TriNetX」という大型電子カルテデータベース(約1億1,400万人分の記録)を活用しました。
対象となったのは、50歳以上でアレルギー性鼻炎・慢性副鼻腔炎・慢性蕁麻疹のいずれかと診断されており、研究開始時点で認知症の診断を受けていない患者さんです。これらを以下の3グループに分けて比較しました。
- 第2世代抗ヒスタミン薬(アレグラ®・ジルテック®など)を使っているグループ
- 第1世代抗ヒスタミン薬(ポララミン®など)を使っているグループ
- 抗ヒスタミン薬以外の薬(アレルギー性鼻炎・慢性副鼻腔炎には点鼻ステロイド薬、慢性蕁麻疹には経口ステロイド薬)を使っているグループ
年齢・性別・既往歴・生活習慣など38項目を統計的に揃える「傾向スコアマッチング」という手法を用いて、グループ間のバイアス(偏り)をできる限り排除しました。最終的に慢性蕁麻疹4,825人、慢性副鼻腔炎21,611人、アレルギー性鼻炎36,802人が解析の対象となり、5年間の追跡で認知症の発症を比較しました。
「認知症リスクは増加しない」という結果と、点鼻ステロイドの可能性
主な結果は以下のとおりです。
慢性蕁麻疹・慢性副鼻腔炎・アレルギー性鼻炎のいずれにおいても、第2世代抗ヒスタミン薬の使用は認知症リスクの増加と関連していませんでした。 第1世代との比較でも有意差はなく、複数の感度分析でも結果は一致していました。
一点、注目すべき結果もありました。アレルギー性鼻炎の患者に限った解析では、第2世代抗ヒスタミン薬を使ったグループは、点鼻ステロイド薬を使ったグループと比べて認知症発症リスクがわずかに高いという傾向が示されました(ハザード比1.239、95%信頼区間1.060〜1.447)。
ただし、著者たちはこの結果の解釈について慎重な見方を示しています。この差は「抗ヒスタミン薬が脳に悪影響を与えている」のではなく、「点鼻ステロイド薬が認知症を予防する保護的な効果を持っている可能性」を反映していると考えられています。点鼻ステロイドは脳内の炎症を抑えたり嗅覚機能を改善したりすることで、認知症リスクを下げる方向に働くという仮説が近年注目されています。また、慢性副鼻腔炎や蕁麻疹では同様の差が見られなかったことも、点鼻ステロイドの保護効果という解釈を支持しています。
この結果はデンマークの全国コホート研究(26万人以上、最長22年追跡)の結果とも一致しており、そちらでも「第2世代抗ヒスタミン薬の累積使用は認知症リスクと関連しない(1年追加使用あたりのハザード比1.00、95%信頼区間0.99〜1.01)」と報告されています。

まとめ
大規模な実臨床データを用いた今回の研究は、第2世代抗ヒスタミン薬が認知症リスクを高めることを示す根拠は得られなかったと報告しています。花粉症・アレルギー性鼻炎・慢性蕁麻疹の治療を長期的に続けることへの不安は、現時点のエビデンスからは必ずしも根拠のあるものではありません。薬の選択については、かかりつけ医や耳鼻咽喉科専門医にご相談ください。
※本記事は最新研究を分かりやすく解説したものであり、診断・治療は専門医へご相談ください。

今回参考にした論文は、
Olbrich H, et al. Second-Generation H1-Antihistamines Do Not Alter Dementia Risk in Type 2 Inflammatory Diseases: A Target Trial Emulation Using Real-World Data. J Allergy Clin Immunol Pract. Published online June 5, 2026.
doi:10.1016/j.jaip.2026.05.031
です。
Research Question:
50歳以上の慢性蕁麻疹(CU)・慢性副鼻腔炎(CS)・アレルギー性鼻炎(AR)患者において、第2世代H1抗ヒスタミン薬(sgAH)の使用は、非抗ヒスタミン薬(non-AH)または第1世代抗ヒスタミン薬(fgAH)と比較して認知症発症リスクを増加させるか?
Methods:
- デザイン:ターゲット試験エミュレーション(Target Trial Emulation);回顧的観察研究;STROBE・TARGET声明に基づく報告
- サンプル:n=4,825(CU)、21,611(CS)、36,802(AR)+等規模対照群(米国67医療機関、TriNetX EHRデータベース、処方観察期間2011〜2021年、年齢≥50歳)
- 主要アウトカム:認知症の新規診断(ICD-10-CM: F01, F02, F03, G30)、ベースラインから最長5年追跡
- 解析:傾向スコアマッチング(PSM)1:1、38共変量(Greedy nearest-neighbor法、キャリパー0.1 SD);Kaplan–Meier法による累積発症率;univariate Cox比例ハザードモデル;感度分析3種(全成人対象、ベースライン3か月前のHCO受診必須、発症1年以内を除外)
Results:
- 主要結果:全疾患群(CU・CS・AR)において、any AH(fgAH+sgAH合算)vs non-AH間で認知症発症リスクに有意差なし(全感度分析で一致)
- sgAH vs fgAH:有意差なし
- sgAH vs non-AH(AR患者限定):HR = 1.239 [95%CI 1.060–1.447], p_log-rank = 0.007(全感度分析で再現性あり)
- 参考:Danish national cohort(n>259,000、追跡最長22年)でもsgAH累積使用と認知症リスクに関連なし(HR 1.00, 95%CI 0.99–1.01 / 追加1年使用)
Conclusion & Implication:
- 著者結論:大規模実臨床データはsgAH使用による認知症リスク増加を支持しない。ARにおける軽度のHR増加は、sgAHの有害性よりも点鼻ステロイドの認知症保護効果(神経炎症抑制・嗅覚機能改善・脳脊髄液リンパ排液促進など)を反映している可能性が高い。
- 臨床応用:2型炎症性疾患におけるsgAHの長期使用を認知症懸念から中止する根拠は現時点では乏しい。アレルギー性鼻炎にはガイドライン通り点鼻ステロイドを優先することで、アレルギー管理と認知症予防の双方に寄与できる可能性がある。






