私の病院の手術室には有線が流れていて、患者さんが麻酔をかけられるときに、自分の好きなリラックスできるジャンルの曲をかけられるようになっています。
手術中も音楽をかけていますが、ヒット曲のチャンネルが流れていると、瑛人さんのデビューシングル「香水」がよく流れてきます。
この曲は実は昨年に発売されていたのですが、Tik TokやYouTubeの動画で話題になったのをきっかけに、今年に入ってからチャートにランクインされるようになったのだそうです。
別に君を求めてないけど
香水/詞・曲 瑛人 (2019年)
横にいられると思い出す
君のドルチェ&ガッバーナの
その香水のせいだよ
サビに出てくるドルチェ&ガッバーナの香水が話題になっていますが、「ドルチェ&ガッバーナの香水の匂いをかぐと、3年前に別れた元カノのことを思い出す」という内容の曲です。
プルースト効果
このように、ある香りをかぐことによって、過去の記憶や感情がよみがえることを「プルースト効果」と言います。
プルーストとは、作家マルセル・プルースト(フランス:1871~1922)のことです。ジェームス・ジョイスやフランツ・カフカとともに20世紀を代表する作家の一人です。
彼がその半生をかけて執筆した大作『失われた時を求めて』の中で、語り手が口にした紅茶に浸した一片のマドレーヌのにおいをきっかけに幼少期の家族の思い出が蘇る事が書かれてあり、そのことから『プルースト効果』と呼ばれるようになったそうです。
嗅覚が他の感覚と違うところ
少し専門的な話になりますが、匂いや香りの刺激は、
鼻→嗅上皮→嗅細胞→嗅球→大脳辺縁系
の順で脳へ到達します。
大脳辺縁系は、食欲などの本能的な行動や、喜怒哀楽などの感情をつかさどる所です。嗅覚はこの大脳辺縁系と直接結びついており、これは五感(視覚、嗅覚、味覚、聴覚、触覚)の中で嗅覚だけが持つ特徴なのです。
ですので、嗅覚は本能的な行動や感情的な行動に結びつきやすいと言われています。
プルースト効果の特徴
下にあげた文献によれば、匂いによって想起された過去の記憶は、言葉によって想起された記憶よりも詳細でかつ鮮明であり、また視覚や聴覚によって想起された記憶よりも情動性が高いのだそうです。
そして、匂いによって意図されることなく想起された記憶は、快い体験であり、追体験の度合いが高いのだそうです。そして、その想起がきっかけとなって、何らかの行動をしたり、しようと思ったりする傾向にあるのだそうです。
たとえば、
「レストラン街でカレーの匂いを嗅いだことがきっかけになり、子供の時お母さんがカレーを作ってくれたことを思い出した(想起)。その母のカレーがとてもおいしかったので、母親に電話をして今度実家に帰った際に作って欲しいと頼んだ(行動を起こす)。」
というように。
視覚や聴覚と比べて嗅覚はどちらかというと後回しにされがちですが、私達の生活にとても大事な感覚です。
匂いが分かりづらくなったときには、耳鼻咽喉科にぜひ受診してください。
参考文献:
山本晃輔, 他. 匂い手がかりによって無意図的に想起された自伝的記憶の機能. 日本味と匂学会誌. 2016; 23(2): 115-123.
doi: 10.18965/tasteandsmell.23.2_115
★新型コロナウイルスと嗅覚の関係については、次の記事をごらんください。
★においが分からなくなったら新型コロナ感染なの? | 耳鼻咽喉科医の独り言
野球選手が新型コロナウイルスに感染した時に、 嗅覚障害や味覚障害の症状があったと報道されました。 感染が拡大しているイタリアからの 報告でも、新型コロナウイルスで入院している59名の患者のうち、 およそ1/3の20名が味覚あるいは嗅覚障害 を自覚していたそうです。 ……