新型コロナワクチンの接種が全国で進められていて、2021年9月8日現在ではおよそ60%の人が1回目の接種を終えているそうです(NHK 特設サイト 新型コロナウイルスより)。
今回は、新型コロナワクチンの有害事象についての論文が、超有名誌New England Journal of Medicineに掲載されましたので、それを紹介しながら、相対危険度と寄与危険度という統計のお話を少ししてみようと思います。
有害事象と副反応
本記事のタイトルに「有害事象」と書きました。「副反応」と書いた方が一般の方になじみがあって、「より多くの人が読んでくれるかな」などと下心が出てきますが、正確に言うと、有害事象と副反応は異なります。
副反応とは、ワクチンの主な作用(=目的:感染症の発症を防ぐ)以外の、ワクチン接種に伴う反応のことです。例えば発熱とか注射部位の痛みなどが代表的です。これはワクチン接種との因果関係があるものです。
一方、有害事象は、ワクチン接種との因果関係は問わずに、ワクチン接種後に起きた有害なできごとのことを言います。ですから、ワクチン接種の後に蜂に刺されたとか、交通事故に遭ったなども含まれます。
つまり、有害事象という広いくくりの中に、副反応が含まれるということです。
このようなワクチン接種と有害事象との因果関係を明らかにすることは、そう簡単なことではありません。このことについては、下に示した記事がわかりやすいので、ぜひ読んでみてください。
相対危険度(リスク比)と寄与危険度(リスク差)
今回紹介する論文には、相対危険度(リスク比)と寄与危険度(リスク差)というのが出てきますので、少し解説したいと思います。
下の表を見てください。集団全体をA、B、C、Dの4つに分けています。疾病のありなしと、暴露のありなしで分類しています。
疾病とは病気のことですから難しくないと思いますが、暴露って何でしょう?
暴露ときくと「週刊誌の暴露話」を思い出すかもしれませんが、ここではそういう意味ではありません。難しく言うと「暴露とは、ある要因を持っていることや取り込むこと」と言えますが、平たく言うと、今回注目している疾病に影響をあたえるかもしれない要素のことを暴露と言います(例えば、肺癌(疾病)に対する喫煙(暴露)などです)。
下の表のA、B、C、Dにはそれぞれ該当する人数がはいります。一番右下のA+B+C+Dが集団全体の人数です。
その時、相対危険度と寄与危険度は次のように書けます。
つまり、暴露ありの人たちが疾病を発症するリスク(A/(A+B))を、暴露なしの人たちが疾病を発症するリスク(C/(C+D))で割ったものが相対危険度、引いたものが寄与危険度です。
文字ばかりだとわかりにくいので、具体例を示しましょう(データの数字は架空のものです)。
喫煙者(喫煙あり)が肺癌を発症するリスク(A/(A+B))を計算すると、100/1000=0.1となります。一方、非喫煙者(喫煙なし)が肺癌を発症するリスク(C/(C+D))を計算すると、500/10000=0.05となります。
ですから、相対危険度は0.1/0.05=2となり、寄与危険度は0.1-0.05=0.05となります。
これらはどういうことを表しているのでしょうか。
相対危険度と寄与危険度の違い
相対危険度が2ということは、「喫煙者の肺癌発症リスクは、非喫煙者の2倍」だということです。つまり、喫煙が肺癌にどれだけ関連しているかという関連の強さがわかります。
ただし、注意が必要な点があります。少し数字をいじって考えてみましょう。肺癌の発症率がもっと少ない場合(例えば、A/(A+B)=0.001、C/(C+D)=0.0005)でも、相対危険度は0.001/0.0005=2となります。
つまり、相対危険度は喫煙そのものが肺癌発症にあたえる影響度は分かりますが、集団全体に与える影響度を反映していません。
一方、寄与危険度は集団全体に与える影響度を反映しています。
寄与危険度が0.05ということは、喫煙をやめることによって、集団全体の肺癌発症リスクを0.05(5%分)だけ減らすことができるという意味です。先ほどと同様に肺癌の発症率がもっと少ない場合(A/(A+B)=0.001、C/(C+D)=0.0005)だと寄与危険度は0.0005となるので、集団全体の肺癌発症リスクを0.0005(0.05%分)だけ減らすことになり、集団全体の中での影響度は少ないということがわかります。
今ひとつピンと来ないでしょうか?
寄与危険度の逆数を考えてみるとわかるかもしれません。寄与危険度の逆数はNNH(Number Needed to Harm:害必要数)といって、害(疾病)の発生が1人増えるのに必要な暴露数をあらわします。
寄与危険度が0.05ということは、NNHは1/0.05=20となり、20人の人が喫煙をするとその中の1人が肺癌になるという意味です。もし寄与危険度が0.0005であれば、NNHは1/0.0005=2000となり、2000人の人が喫煙をするとはじめてその中の1人が肺癌になるということになり、寄与危険度0.05と比べて「あんまり喫煙は害はないのだな」と評価できることになります。
それぞれに善し悪しがあるということですね。
コロナワクチンの有害事象について
数字ばかりで頭が疲れたかもしれませんが、もう少しお付き合いください。
今回紹介する論文では、イスラエルの大規模な調査を元に、新型コロナワクチンの有害事象と、新型コロナ感染の合併症との危険度を比較しています。
下のグラフの青色がワクチンの有害事象について、オレンジ色が新型コロナ感染の合併症をあらわしています。
まず、最初のグラフは相対危険度について(縦軸がlog目盛なのでご注意ください)
点線より上に●があればリスクが高い、下にあればリスクが低いということです。
下記論文より引用
そして次のグラフが寄与危険度について(10万人あたりのリスクで表されています)
点線より上に棒グラフが伸びていればリスクが高い、下に伸びていればリスクが低いということです。
下記論文より引用
- 疾患名が英語なので、訳しておきましょう。
- Acute Kidney injury:急性腎障害
- Appendicitis:虫垂炎
- Arrhythmia:不整脈
- Deep-Vein Thrombosis:深部静脈血栓症
- Herpes Zoster Infection:帯状疱疹
- Intracranial Hemorrhage:脳内出血
- Lymphadenopathy:リンパ節腫脹
- Myocardial Infarction:心筋梗塞
- Myocarditis:心筋炎
- Pericarditis:心膜炎
- Pulmonary Embolism:肺塞栓
この結果によると、新型コロナワクチン後の有害事象として、リンパ節腫脹、心筋炎、虫垂炎、帯状疱疹のリスクが高くなっています(青のグラフ)。リンパ節腫脹については、ワクチン接種による免疫反応がリンパ節で起きているということを考えれば当然の結果だと思われます。
ワクチンの副反応として心筋炎は以前から言われていますね(相対危険度:3.24)。しかし、実際に新型コロナに感染してしまうと、もっと心筋炎のリスクが高まるのもこのグラフから分かると思います(相対危険度:18.28)。
虫垂炎、帯状疱疹については謎ですね。今回の結果がイスラエルの集団でのたまたまの結果なのか、何らかのメカニズムが働いての副反応なのか、他のデータも踏まえてよくよく吟味が必要です。
そして、新型コロナに感染すると、今回調べた疾患(合併症)の多くにおいてリスクが高まるということがおわかりになると思います(オレンジのグラフ)。
ワクチンを打つべきか、打たざるべきか。
どんな治療でもそうですが、その治療をしたときのリスク(害)とベネフィット(利益)とをしっかり天秤にかけて判断をすることが大事だと思います。
今回参考にした論文は、
Barda N, et al. Safety of the BNT162b2 mRNA Covid-19 Vaccine in a Nationwide Setting [published online ahead of print]. N Engl J Med. 2021; 10.1056/NEJMoa2110475.
doi: 10.1056/NEJMoa2110475
です。
Research Question:
COVID-19ワクチン(BNT162b2 mRNAワクチン)の安全性を評価する。
方法:
デザイン:
観察研究
データベース:
Clalit Health Services(CHS:イスラエルの医療保険組織)のデータを用いた。
※CHSはイスラエルの人口の約52%(900万人のうち470万人以上)が加入をしており、
イスラエル全体の人口をほぼ代表していると考えられている。
ワクチンの有害事象についての調査:
対象:
年齢が16歳以上
CHSに1年間は継続して加入している
SARS-CoV-2に感染したことがない
過去7日間に医療機関を受診していない
対象となる有害事象と同じ疾患に過去罹患したことがある人は除外
期間:
2020年12月20日〜2021年5月24日
比較:
ワクチン接種者とワクチン未接種者(対照者)は、予め設定した潜在的交絡因子
を用いて、マッチングした。
評価項目:
1回目と2回目のワクチン接種後それぞれ21日間の追跡調査を行い、
計42日間の追跡調査を行い、有害事象のリスクを評価した。
SARS-CoV-2感染の合併症についての調査の対象:
上記、ワクチンの有害事象についての調査に準じた。合併症の項目も、上記有害事象
と同じ疾患を採用した。
期間:
2020年3月1日〜2021年5月24日
比較:
SARS-CoV-2に新規感染した人と感染したことの無い人(対照)は、
予め設定した潜在的交絡因子を用いて、マッチングした。
統計解析:
Kaplan-Meier推定量を用いて累積発生率曲線を作成し、各群における
42日後の各有害事象のリスクを推定した。
リスクは比率(相対危険度)と差(10万人あたり:寄与危険度)で比較した。
結果:
- ワクチンの有害事象についての解析
- コホートには,各群884,828人(年齢中央値 :38歳、女性:48%)が含まれた。
- ワクチン接種は、以下の疾患のリスク上昇と有意に関連していた。
- 心筋炎(リスク比:3.24 [1.55-12.44]、リスク差: 2.7 [1.0-4.6])
- リンパ節腫脹(リスク比:2.43 [2.05-2.78]、リスク差: 78.4 [64.1-89.3])
- 虫垂炎(リスク比:1.40 [1.02-2.01]、リスク差:5.0 [0.3-9.9])
- 帯状疱疹(リスク比:1.43 [1.20-1.73]、リスク差:15.8 [8.2-24.2])
- SARS-CoV-2 感染の合併症についての解析
- コホートには,各群 173,106 人(年齢中央値 :36歳、女性:54%)が含まれた。
- 心筋炎(リスク比:18.28 [3.95-25.12]、リスク差:11.0 [5.6-15.8])や、その他、心膜炎、不整脈、深部静脈血栓症、肺塞栓症、心筋梗塞、頭蓋内出血、血小板減少症などの重篤な有害事象のリスクが大幅に増加していた。
- 詳細は上述のグラフを参照。
- []内は95%信頼区間。
結論:
イスラエルの全国規模の集団を対象とした本研究では、BNT162b2ワクチンは、検討したほとんどの有害事象のリスク上昇とは関連していなかった。しかし、心筋炎などについては過剰なリスクが認められた。
一方、SARS-CoV-2 に感染すると、多くの重篤な合併症のリスクが大幅に上昇した。