耳がだんだん聞こえづらくなってお困りの方は多いのではないでしょうか。
一方で、「耳が聞こえづらいのは年のせいだから、病院に行ってもしょうがないじゃないか」と思っている方も多いかもしれません。
たしかに年のせいで難聴になってしまう加齢性難聴は多いですが、中には手術で治すことができる難聴があるのです!
今回は、意外と知られていない手術で治すことができる難聴について取り上げたいと思います。
難聴にもいろいろある
難聴にはいろいろな原因がありますが、耳の穴から入った音を、鼓膜の奥にある内耳まで伝える経路に問題がある場合に手術で治せる可能性があります。(今回は、人工内耳などの人工聴覚器については混乱を避けるために省いています)
下に図を示しましたが、耳の穴から入った音は、鼓膜を振動させます。その振動はツチ骨→キヌタ骨→アブミ骨という3つの骨(耳小骨)を伝わって、最後のアブミ骨の振動が内耳にある蝸牛の中に入っていきます。そこで音を感じることができるのです。
これらのどこかに異常があると難聴になります。
手術で治せる難聴にはどんなものがある?
代表的なものには以下のようなものがあります。
- 慢性中耳炎
- 鼓膜に穴が開いているために難聴になる。時間が経つと耳小骨も炎症で動きが悪くなる。
- 鼓膜の穴を塞いだり、動きが悪い耳小骨を組み直すことで聞こえが良くなります。
- 真珠腫性中耳炎
- 鼓膜が凹んで奥の方に入ってしまい、真珠腫(耳垢の親玉みないなもの)が出来てしまう。それによって、耳小骨が壊れてしまう。
- 真珠腫を取って、耳小骨を組み直して、鼓膜を張り直すことで聞こえが良くなります。
- 耳硬化症
- 3番目の耳小骨であるアブミ骨が硬くなってしまい、動きが悪くなる。
- 動きのアブミ骨の底板に人工物であるピストンを入れ込んで、鼓膜から伝わってきたツチ骨・キヌタ骨の振動をピストンを通じて蝸牛に伝えるようにすることで聞こえが良くなります。
- 耳小骨奇形
- 生まれつき耳小骨の形が普通とは異なっており、うまく音が伝わらない。
- 耳小骨を組み直して音が伝わるようにすることで聞こえが良くなります。
一つ注意していただきたいのは、手術をした全員がすっきり聞こえが改善するわけではありません。それぞれの病状の進行度によっては、頑張って手術をしても聞こえが少ししか改善しなかったり、変わらない場合もあります。
少しでも聞こえづらさが気になるときには、耳鼻咽喉科で耳の中を診てもらったり、検査をしてもらうとよいでしょう。早期発見が大事です。
耳硬化症の手術成績
下にお示しした論文は、耳硬化症の手術についての研究です。難聴になっていた期間の長さと、術後の聞こえの改善度に関連があるのかということを調べています。
それによると、難聴になっていた期間が長くても、術後の聞こえの改善が悪いということは無く、手術によって聞こえはじゅうぶん改善したことが示されました。
一般に、極端に進行してしまった耳硬化症は、手術をしても聞こえの改善が悪いと言われていますが、今回の研究結果からは、難聴で困っている期間が長いからといって、それは進行の度合いを現しているわけではないということが示されました。
どうせ治らない難聴だと決めつけないで、ぜひ耳鼻咽喉科を受診してください。
あなたの難聴は手術で治る難聴かもしれません。
今回参考にした論文は、
Luryi AL, et al. Association Between the Duration of Hearing Loss and Hearing Outcomes in Surgery for Otosclerosis. Otolaryngol Head Neck Surg. 2021; 164(5): 1094-1099.
doi: 10.1177/0194599820964726.
です。
Research Question:
耳硬化症における難聴期間と手術成績との間に関連はあるのか。
方法:
デザイン:
レトロスペクティブレビュー
対象:
2005年〜2017年にアブミ骨手術(初回手術)を受けた患者 580耳
(術中に、アブミ骨の可動性が通常通りと確認されたものは除く)
主要評価項目:
気骨導差(ABG)の改善度と難聴期間(患者自己申告)との関連
聴力検査:
500、1000、2000、3000Hzの聴力閾値およびABGの平均値を評価に用いた。
(3000kHzのデータがない場合には4000kHzで補間した)
フォローアップ:
術後最初の聴力検査は術後6〜8週で行われた。
術後は3カ月間経過を追った後は、1年ごとに聴力をフォローした。
術後の聴力は、経過中一番良い結果であったものを採用した。
結果:
- 平均年齢は48.7歳で、患者の60.3%が女性であった。
- 術後のフォローアップ期間は、中央値1.3年であった。
- 難聴期間は下記の通り。中央値は8年(範囲:1週間〜65年)。
- 1年以下:16%
- 1年〜5年:25%
- 5年〜10年:24%
- 10年〜20年:24%
- 20年以上:12%
- 術前と術後のABGの平均値は、それぞれ26.1dBと9.6dBであった(P < 0.0005)。
- 難聴期間が長い患者は、年齢が高く、術前の骨導閾値が高く、術前のABGが悪かった(P < 0.0005)。
- 難聴期間の長い患者は、術後のABGの改善が大きかった(P < 0.0005)。
- 術後に残存したABGと難聴期間との間に関連はなかった(P > 0.05)。
- 多変量解析の結果、年齢はABGの変化と有意な独立した関連はなかった(P > 0.05)。
- 難聴期間と合併症率や再手術の必要性との間には有意な関連はなかった。
結論:
耳硬化症は難聴期間が長くても、感音性の聴力や言葉の認識が良好であれば、手術で効果的に治療できる。
耳硬化症がかなり進行しているとアブミ骨手術後の聴力成績が悪くなることが知られているが、難聴期間の長短を進行度のサロゲートマーカーとして用いることは信頼性が低い。