新型コロナウイルスの症状の中に、嗅覚障害や味覚障害があるのは、ニュースでもよく報道されていますので、皆さんご存じと思います。
しかし、嗅覚障害は新型コロナウイルスだけの特別な症状ではありません。それ以外のウイルスに感染して風邪をひいた後にも、においが分かりづらくなることがあります。
そしてその嗅覚障害の症状は、風邪が治っても長く続くことがあります。そうなると食べ物のにおいが分からなくなって、食事も味気なくなりますよね。
今回は、嗅覚障害に対する嗅覚トレーニングについての論文を取り上げてみました。
嗅覚障害の原因にはどんなものがあるのか?
そもそもどんなときに嗅覚障害が起きるのでしょうか?
大きく分けると3種類の原因に分けられます。
- 気導性嗅覚障害
- 鼻の中に鼻茸や腫瘍ができたりして、空気のとおりが悪くなって起こる。
- アレルギー性鼻炎や花粉症で鼻の粘膜が腫れても起こる。
- 嗅神経性嗅覚障害
- 鼻の粘膜にあるにおいを感じる神経が障害されて起こる。
- ウイルス感染によって神経が障害されたり、怪我をして鼻の中が損傷されたりした場合に起こる。
- 中枢性嗅覚障害
- 脳腫瘍やパーキンソン病、アルツハイマー認知症など、脳の異常で起こる。
今回取り上げる「風邪をひいた後になる嗅覚障害」は嗅神経性嗅覚障害ということになりますね。
ウイルス感染が原因の嗅覚障害は、ウイルス感染のおよそ2割くらいの方がなるといわれています。ウイルスの感染によって、鼻の粘膜がむくんだり、においを感じる神経が障害されたりして起きるといわれています。
そして、7〜9割の患者さんで最終的には嗅覚が改善するといわれていますが、結構な割合の患者さんで長い間においが分かりづらい状態が続くと言われています。
嗅覚トレーニングとは?
ウイルス感染後の嗅覚障害に対する治療としては薬の治療もありますが、これぞ!と言える治療はまだありません。そんな中、嗅覚トレーニングは、嗅覚障害の治療に有望な治療法として注目されており、今までいろいろな研究でその有効性が示されています。
古典的な嗅覚トレーニングは、欧米で行われるようになったものですが、バラ、ユーカリ、レモン、クローブなどの4種類のにおいを1日2回嗅いでトレーニングをするというものです。患者は通常、1つのにおいを10秒以上嗅いでいきます。
ただ、ユーカリやクローブなど日本人にはなじみのないにおいもありますので、日本人向けには少しにおいの種類を変える必要がありそうです。それについては、目下研究が進んでいます。
嗅覚トレーニングの効果は?
下に示した論文は、ウイルス感染後の嗅覚障害に対しての嗅覚トレーニングの効果を調べた研究をあつめて、まとめたものです。
それによると、嗅覚トレーニングを3〜14カ月行ったいくつかの研究結果を総合すると、何もしないのと比べて嗅覚が改善する確率(正確にいうとオッズ)が3倍ほど高くなるということがわかりました。
嗅覚トレーニングを実施することによって、においを少しでも取り戻せるようになると良いですね。
今回参考にした論文は、
Kattar N, et al. Olfactory Training for Postviral Olfactory Dysfunction: Systematic Review and Meta-analysis. Otolaryngol Head Neck Surg. 2021; 164(2): 244-254.
doi: 10.1177/0194599820943550.
です。
Research Question:
ウイルス感染後の嗅覚障害(PVOD)に対する嗅覚トレーニング(OT)の有効性を評価する。
方法:
デザイン:
システマティックレビュー&メタアナリシス
データソース:
PubMed,Embase,Web of Science
対象:
PRISMA(Preferred Reporting Items for Systematic Reviews and Meta-analyses)ガイドラ
インに沿って上記データベースを検索し,2人の研究者が独立して抄録をスクリーニングし
た。
PVODに対するOTの有効性を評価した研究を対象とし,薬理学的介入や他の原因による嗅
覚障害を評価した研究は除外した。
評価:
Sniffin’ Sticksによる嗅覚テスト
閾値(T)、識別(D)、同定(I)のサブスコアとTDIのトータルスコアで評価した。
臨床的に有意な改善(MCID: minimal clinical important difference)を
「TDIスコアが5.5点以上改善」と定義した。
バイアスの評価:
無作為化比較試験におけるバイアスのリスクは,Cochrane Collaborationの手法を用
いて評価した。
非ランダム化研究のバイアスリスクは,Methodological Index of Nonrandomized
Studies (MINORS) 基準により評価した。
メタアナリシス:
MCID達成のオッズについて、固定効果モデルを用いて、OT施行群と対照群のスコア
のオッズ比を算出し、フォレストプロットを作成した。
異質性についてはI2統計量を用いて報告した。
結果:
- 1981件の論文のうち16件の論文が抽出され、内訳は非比較観察研究3件、比較観察研究10件、無作為化対照試験3件であった。
- 計990人の参加者が対象となり、罹患期間は4カ月から20年であった。16件の研究のうち14件で性別の分布を報告しており女性患者が多く、女性559人、男性372人であった。
- 古典的嗅覚トレーニング(Hummel T et al. Chem Sens. 1997; 22: 39-52.)の有効性を評価した研究は11件、修正された嗅覚トレーニングの有効性を評価した研究は7件で、そのうち2件は両方のトレーニングを比較していた。
- Sniffin’ Sticksによる嗅覚テストが行われていたのは16件中15件(93%)であった。
- MCIDを達成した患者の割合は6.3%~70%であり、すべての研究でOT施行後に臨床的に有意な結果が報告された。
- 古典的嗅覚トレーニングにおいて、すべての研究で介入後のTDIスコアの有意な改善が報告された。しかし、サブスコア(T, D, I)の改善には大きなばらつきがあり、3つのサブスコアすべてで有意な改善を報告した研究はなかった。
- トレーニング期間は3カ月〜14カ月で、トレーニング期間が長いほどOTの有効性が高かった。
- 古典的嗅覚トレーニングを修正した方法(患者が購入したエッセンシャルオイルや、より直感的な「嗅覚トレーニングボール」を用いるなど)は、患者のコンプライアンスやアドヒアランスが向上し、古典的嗅覚トレーニングと比較してより良好な結果を示した。
- メタアナリシスには4件の論文が採用され、プールされた推定値ではMCID達成の対照群に対するオッズ比が、OT施行群において2.77(95%信頼区間:1.67-4.58)であった。
結論:
既存データのメタアナリシスにより、OTによるPVODの臨床的に有意な改善効果が示された。これらの結果から、PVOD症例の治療にOTを使用することが支持される。
ただし、OTのプロトコルにはばらつきがあり、さらなる最適化が必要である。