普段、何気なく生活していると、「音や声が聞こえていて当たり前」と思いがちですが、もしある日突然、耳が聞こえなくなったら、皆さんびっくりされるのではないかと思います。
突発性難聴という病気は、突然片耳が聞こえなくなる病気です。突然ということがポイントです。
患者さんは「○時○分に聞こえなくなった」とか、「キッチンで料理をしているときに聞こえなくなった」とか、「朝起きたら聞こえなくなっていた」と言われ、突然に聞こえなくなった自覚があるのが普通です。
突然聞こえなくなったときは、できるだけ早く耳鼻咽喉科を受診してください。
(ただし夜間や休日に受診する必要はありません。通常の診療が始まるのを待ってから受診してください)
突然聞こえなくなった難聴は、治療をして治る病気が多く、早く治療を開始した方がよいものがあるからです。
中には耳垢が詰まっているだけの場合もありますし、風邪をひいた後に鼓膜の向こうに水がたまっている場合(滲出性中耳炎)もあります。これらはいずれも治療すれば良くなっていきます。
診察の結果、このような原因がみつからない場合に、突発性難聴と診断されます。
突発性難聴と診断された場合、ステロイドを点滴したり内服したりして治療することが一般的です。
(残念ながら全員が治るわけではありません。治療を受けた人の1/3で聴力が完全に回復し、1/3で聴力が途中まで改善し、1/3が聴力が改善しない、と言われています)
ステロイド全身投与の問題点としては、血糖値が上がったり、体重が変化したりといった副作用が起こることがあり、糖尿病などの持病がある方には投与しにくいという点があります。
その代わりとして、ステロイドを鼓膜から耳の中に注射する「鼓室内投与」という方法があります(痛くないように麻酔をしてから行います)。
下に示した論文は、ステロイドの全身投与と鼓室内投与の効果を比較した研究です。この研究の結果、鼓室内投与は全身投与と遜色ない効果があることがわかりました。
いずれにしろ、「突然の難聴は早めの受診」と覚えておいてください。

今回参考にした論文は、
Rauch SD, et al. Oral vs Intratympanic Corticosteroid Therapy for Idiopathic Sudden Sensorineural Hearing Loss: A Randomized Trial. JAMA. 2011; 305(20): 2071–2079.
doi: 10.1001/jama.2011.679
です。
Research Question:
突発性難聴に対する、ステロイド全身投与とステロイド鼓室内投与の有効性を比較する。
方法:
対象:
・18歳以上
・純音聴力検査で4周波数(500、1000、2000、4000Hz)の平均閾値が
50dB以上である。
・上記4周波数のうち少なくとも1周波数で、健側と比較して30dB以上
聴力が悪い。
・発症から14日以内の片側性感音難聴患者 250名
期間:
2004年12月から2009年10月まで
追跡期間は6カ月間
デザイン:
非盲検ランダム化比較試験
・全身投与群:14日間 プレドニゾン60mg/日で内服
その後5日間で50→40→30→20→10mg/日と
減量し計19日間内服する。
・鼓室内投与群:3〜4日ごとに1mL(40mg/mL)のメチルプレドニゾロン
を計4回鼓室内投与する。
投与後、30分は仰臥位で安静。
評価:
治療前、治療開始後1週間、2週間、2カ月、6カ月の時点で
純音聴力検査、語音聴力検査を行った。(評価者は治療の内容を知らない)
主要評価項目:
治療後2カ月での聴力変化
(非劣性マージンは10dB)
結果:
- 全身投与群に121名、鼓室内投与群に129名が割り付けされた。
- 2カ月後の平均聴力の改善は、全身投与群で30.7 dBに対して、鼓室内投与群で28.7 dBであった。
- 2カ月後の平均聴力閾値は、全身投与群で56.0 dBに対して、鼓室内投与群で57.6 dBであった。
- ITT (Intention-to-treat)解析において、2カ月後の全身投与群の平均聴力改善は、鼓室内投与群にくらべて2.0 dB(95.21%信頼区間の上限値:6.6dB)高かった。この結果はper protocol解析でも同様であった。
→この差は非劣性マージンの範囲内であった。 - 有害事象
経口治療群は、気分の変化、睡眠障害、食欲の変化、口渇、高血糖、体重変化など、全身ステロイド使用に典型的な有害事象を認めた。
鼓室内投与群では、局所注射に伴う痛みや短期間のめまいなどを認めた。
結論:
突発性難聴患者に対する治療後2ヶ月の聴力改善は、ステロイド鼓室内投与が、ステロイド全身投与に劣らないことが示された。
ステロイド全身投与に対する医学的禁忌がある場合には特に、鼓室内投与は適切な代替手段となりうる。