ある日突然、目が閉じにくくなったり、お茶が口からこぼれるようになったらびっくりしますよね。脳梗塞になったのではないかと思って、救急に受診する方もあります。
たしかに中には脳梗塞、脳梗塞、脳腫瘍など脳の病気が隠れている場合もありますが、その割合は1割ほどで、残りの9割は脳から出てきた顔面神経そのものの麻痺で、末梢性顔面神経麻痺と言われます。
麻痺がおきるとどうなるか
顔面神経は、顔の表情をつくる表情筋を動かしていますので、片方の顔面神経が麻痺すると、麻痺した側だけおでこにシワがよらなくなったり、目を閉じようとしても閉じられず白目をむいてしまったり、口が歪んでお茶をのんでもこぼれてしまいます。イメージとしては、ひょっとこのお面みたいな感じです。
他にも顔面神経は、涙腺や耳、舌にも神経を出していますので、目が乾いたり、耳の聞こえがおかしくなったり、味が分かりづらくなったりします。
末梢性顔面神経麻痺の原因は?
末梢性顔面神経麻痺の原因は、雑多なものを除けば、原因不明の場合(およそ5割)と、水ぼうそうウイルス(帯状疱疹ウイルス)が原因の場合(およそ2割)の2つがあります。
原因不明の麻痺をベル麻痺と呼んでいます。原因不明と聞くとちょっと怖い感じがしますが、予後(治りやすさ)は良く、8〜9割は完全に良くなります。原因は不明なのですが、種々の知見からヘルペスウイルスが関与しているのではないかとも言われています。
水ぼうそうウイルス(帯状疱疹ウイルス)が原因の麻痺は、ハント症候群と言われます。耳が痛くなって、耳に水疱やかさぶたができる耳の帯状疱疹です。予後(治りやすさ)はベル麻痺より少し悪いです。
末梢性顔面神経麻痺の治療は?
末梢性顔面神経麻痺の治療の第一はステロイドの全身投与と言われています。また、先ほど述べましたように、ハント症候群はウイルスが関係していますから抗ウイルス薬を投与します。ベル麻痺もウイルスが関係しているかもしれないということで、抗ウイルス薬を投与する場合があります。
日本顔面神経学会が発行した顔面神経麻痺診療の手引にもステロイド投与と抗ウイルス治療について記載されています。
下にあげた論文は、過去に行われたベル麻痺の治療についての23個の研究をネットワークメタアナリシスという手法を用いてまとめたものです。
その結果、ステロイドと抗ウイルス薬の併用治療が最も効果があり、ステロイド単独や抗ウイルス薬単独はその次に効果があることがわかりました。
顔の動きが悪くなったら、早めに病院を受診しましょう。
今回参考にした論文は、
Fu X, et al. A Network Meta-Analysis to Compare the Efficacy of Steroid and Antiviral Medications for Facial Paralysis from Bell´s Palsy. Pain Physician. 2018; 21(6): 559–569.
PMID: 30508985
です。
Research Question:
末梢性顔面神経麻痺(Bell麻痺)に対するステロイドと抗ウイルス治療の有効性を、ネットワークメタアナリシスで評価する。
方法:
デザイン:
顔面神経麻痺に対するステロイドと抗ウイルス治療の研究を集積し、
ネットワークメタアナリシスを行った。
検索:
PubmedとEmbaseから系統的な検索を実行した。
主要評価項目:
麻痺の完全回復のオッズ比(OR)
・治療法は、ステロイド単独、抗ウイルス治療単独、
ステロイド+抗ウイルス治療併用、プラセボの4つを比較した。
・各治療法の包括的な順位は、累積順位曲線下面積(SUCRA)で
評価した。
★ネットワークメタアナリシスとは | 耳鼻咽喉科医の独り言
メタアナリシスとは、これまで行われてきた同様の研究(たいていはランダム化比較試験[RCT])の結果を統計的に統合して、より高い見地から分析することです。 例えば、降圧薬のA薬とB薬とを比較したRCTが過去に10件あったとします。その10件を統合して、どちらの薬が効果があるかを解析したりします。 さて、最近は ネットワークメタアナリシス(NMA) …
結果:
- 患者4623名を含む23の論文が本研究の対象となった。
うち、二重盲検が11論文、単盲検が4論文、盲検に関して不明が8論文であった。 - 完全回復について、ペアワイズメタアナリシスでは有意差は認められなかった。
- ネットワークメタアナリシスの結果では、ステロイド+抗ウイルス剤併用はプラセボよりも優れていた(OR:3.25 [95%信頼区間 1.23-8.61])。
一方、ステロイド単独も抗ウイルス治療単独も、プラセボと比較して有意な有益性が得られなかった。 - SUCRAによる評価では、ステロイド+抗ウイルス剤併用が最も効果的で、SUCRAは0.96であった。ステロイド単独と抗ウイルス治療単独の有効性にはわずかな差しか認められず(SUCRAはそれぞれ0.55、0.36)、いずれもプラセボ(SUCRA:0.134)より優れていた。
- このネットワークメタアナリシスにおいて、有意な不一致性は認められなかった。
- また、有意な出版バイアスも認められなかった。
- Limitation: ここ最近数年間に行われた研究の数が限られていたため、これらの治療法の安全性を評価することができなかった。
結論:
ステロイド+抗ウイルス剤併用は、顔面神経麻痺の完全回復に関しては、ステロイド単独や抗ウイルス治療単独よりも有意に優れており、ステロイド単独と抗ウイルス治療単独の有効性はほぼ同等であった。
またSUCRAによると、3つの治療法はいずれもプラセボよりも効果が高い結果であった。