人間の五感の中の1つに味覚があります。味覚も嗅覚と同じで、何気なしに感じている感覚ですが、いざ味が感じなくなったらとても困ると思います。
どんな美味しそうな食事が目の前に出てきても、味がしないのですから食欲がわきません。
また、腐ったものなど食べてはいけないものを万が一口にしても、それを感じずに食べてしまうかもしれません。
味覚障害の原因
味がわからなくなったことを味覚障害といいます。
味覚障害の原因にはいろいろありますが、最もよく知られているのは亜鉛欠乏です。
身体の中には、いろいろなミネラルが必要ですが、亜鉛のような金属も一定量必要なのです。
亜鉛は身体の中におよそ2g存在し、主に骨、肝臓、腎臓、筋肉の中に存在します。
しかし、高齢者や女性では特に亜鉛が不足しやすいと言われています。またダイエットなどで食事量が少なくなったり、偏った食事をしていると亜鉛が不足することもあります。
また妊婦さんや授乳中の女性は特に亜鉛が不足しやすいとも言われています。
実際に、日本人の亜鉛摂取量は推奨量よりも少なく、成人の6〜7割の人で不足していると言われています。
厚生労働省が推奨している亜鉛の摂取基準量は、
男性で1日10mg、女性で1日8mgですが、
実際の摂取量は男性で1日8.9mg、女性で1日7.3mgと推奨基準を下回っています。
亜鉛の働き
亜鉛は、新陳代謝に必要ないろいろな酵素を作ったり、タンパク質を合成したり、DNAのコピーを作ったりするのに関わっており、特に細胞がどんどん生まれかわっているような場所に必要とされます。
ですから、亜鉛が不足すると、細胞がどんどん生まれかわっていく場所(味蕾、皮膚、毛根、生殖細胞など)の働きが落ちてしまい、それぞれ味覚障害、皮膚炎、脱毛、性腺機能低下などの症状が出るのです。
亜鉛を補うには
亜鉛を補うには、まずは食事から摂取するのがよいのですが、亜鉛を多く含む食品には牡蠣、肉、ホタテ、レバー、豆腐、米、納豆などがあげられます。
亜鉛の多く含まれる食事は以下のサイトをごらんください。
亜鉛の多い食品と、食品の亜鉛の含有量の一覧表 | 簡単!栄養andカロリー計算
一般の人が簡単に使える、カロリーと栄養を計算するサイト。カロリーと栄養をコントロールする事で、健康的なダイエット、生活習慣病予防に役立ちます。 ユーザー登録で、食事履歴の保存ができます。
しかし、食事だけでは不十分なことも多いため、サプリメントや処方薬を内服する必要があります。
内服してすぐに亜鉛不足が治るわけではなく、少なくとも3カ月程度はかかりますが、内服薬やサプリなどで亜鉛を補充することで症状は改善してきます。
補充すればよいからといって、補充しすぎるのもよくありません。亜鉛が過剰になると、銅の吸収が妨げられて血液中の銅が少なくなってしまい、貧血になってしまうことがあります。
「味が分かりにくいな?」と思ったら、ぜひ耳鼻咽喉科を受診してください。しっかり診断して、亜鉛不足があれば亜鉛を補充して治療をしましょう。
最後に、新型コロナウイルスの症状の1つに味覚障害があると言われていますが、味覚障害が急に現れた場合の対処法については、日本耳鼻咽喉科学会のページを是非ごらんください。
今回参考にした論文は、
Kodama H, et al. Japan’s Practical Guidelines for Zinc Deficiency with a Particular Focus on Taste Disorders, Inflammatory Bowel Disease, and Liver Cirrhosis. Int J Mol Sci. 2020; 21(8): 2941.
doi: 10.3390/ijms21082941
です。
目的:
亜鉛欠乏症に対する日本の臨床ガイドライン「亜鉛欠乏症の診療指針2018」を概説する。
はじめに:
- 亜鉛欠乏症は発展途上国に多く、世界で20億人以上が罹患している。
- 亜鉛摂取量が不足している人口の推定割合は、14.7%(1990年)から15.5%(2000年)と年々増加している。
- 亜鉛欠乏症の症状や徴候は様々で、味覚障害、皮膚炎、脱毛、食欲不振、易感染性、性腺機能低下症などがある。
日本人の亜鉛摂取量:
- 20歳以上の男女ともに、60~70%で亜鉛摂取量が不足している。
- 特に妊娠中・授乳中の女性で推奨食事摂取量を大幅に下回っている。
- 亜鉛欠乏は、重度の身体障害、肝硬変、慢性肝炎、慢性炎症性腸疾患、2型糖尿病、慢性腎臓病、心不全、低身長を伴うことが多く知られており、高齢者やプロスポーツ選手にも多く見られる。
亜鉛不足の原因:
亜鉛不足の原因は大きく4つある。
- 亜鉛の摂取不足
亜鉛は肉類には多く含まれているが、野菜にはごく微量しか含まれていない。高齢者は一般的に肉類の摂取量が少ないため、亜鉛欠乏症になりやすい。
また、母乳の亜鉛含有量が低い場合、乳児も亜鉛欠乏症に陥ることがある。 - 亜鉛吸収の障害
慢性肝疾患、肝硬変、慢性炎症性腸疾患、フィチン酸の過剰摂取などが原因となり、亜鉛の吸収が障害される。 - 亜鉛の必要量の増加
妊婦や授乳婦の亜鉛の推奨食事摂取量は、非妊婦よりも高いが、亜鉛摂取量が不足していることが多い。女性のアスリートもまた亜鉛不足になりやすい。 - 尿を介した亜鉛の過剰な排泄
慢性腎臓病や糖尿病などの疾患を持つ人に起こりやすい。
診断ガイドライン:
亜鉛欠乏症は、亜鉛欠乏の臨床症状と血清亜鉛値によって診断される。
以下に亜鉛欠乏症の診断基準を示す。
- 下記の症状/検査所見のうち1項目以上を満たす
- 臨床症状・所見:皮膚炎,口内炎,脱毛症,褥瘡(難治性),食欲低下,発育障害(小児で体重増加不良,低身長),性腺機能不全,易感染性,味覚障害,貧血,不妊症
- 検査所見:血清アルカリホスファターゼ(ALP)低値
- 上記症状の原因となる他の疾患が否定される
- 血清亜鉛値
3-1:60µg/dL未満:亜鉛欠乏症
3-2:60 ~ 80µg/dL未満:潜在性亜鉛欠乏
血清亜鉛は,早朝空腹時に測定することが望ましい - 亜鉛を補充することにより症状が改善する
Definite(確定診断):
上記項目の1.2.3-1.4をすべて満たす場合を亜鉛欠乏症と診断する。
上記項目の1.2.3-2,4をすべて満たす場合を潜在性亜鉛欠乏症と診断する。
Probable:
亜鉛補充前に1.2.3.をみたすもの。亜鉛補充の適応になる。
治療:
- 亜鉛欠乏症の症状があり、血清亜鉛値が亜鉛欠乏または潜在性亜鉛欠乏であれば、亜鉛を投与して、症状の改善を確認することが推奨される。
- 亜鉛を多く含む食品(牡蠣、肉、ホタテ、レバー、豆腐、米、納豆)を摂取することが推奨されているが、食事だけでは不十分のことが多い。
- 食事療法で不十分な場合には、亜鉛を成人で50~100mg/日、小児で1~3mg/kg/日の投与量で投与することが推奨されている。
- 慢性疾患のある患者では、血清亜鉛値が低いことがよくあり、亜鉛投与によって症状が改善することが多い。したがって、亜鉛欠乏症の症状がなくても、亜鉛投与が推奨される。
- 亜鉛投与の副作用としては、嘔気、嘔吐、かゆみなどがある。食後に亜鉛を摂取することで、嘔気や嘔吐を防ぐことができる。
- 亜鉛投与のもう一つの潜在的な副作用は銅欠乏症であり、それに伴い貧血や白血球減少症がひきおこされることがある。亜鉛投与中は、亜鉛と銅の両方の血清レベルを3~4ヵ月に1回検査すべきである。
- 亜鉛は、慢性肝疾患、肝硬変、炎症性腸疾患、慢性腎臓病、糖尿病など、さまざまな疾患を患っている患者に投与されることがある。また、キレート作用のある薬を服用している人や、スポーツ選手、妊婦にも投与されることがある。
味覚障害:
- 日本口腔咽喉科学会の調査(2003年)によると、味覚障害の患者数は約24万人で、1990年に比べて1.7倍に増加している。
- 味覚障害は高齢者に多く、女性に多い(男女比は2:3)。
- 味覚障害には、亜鉛欠乏性味覚障害、特発性味覚障害、薬物性味覚障害、心因性味覚障害、全身性味覚障害などがある。亜鉛欠乏性味覚障害は、血清亜鉛値の低下以外に明確な原因がないものをいう。また特発性味覚障害も亜鉛欠乏症と関連している可能性が高い。
- 日本では味覚障害の患者には、胃潰瘍の治療に使用され、亜鉛を34mg含有するポラプレジンクが処方されている。ポラプレジンク150mg/日を服用したとき、自覚的味覚障害症状が80%改善したとの報告がある。
- 亜鉛補充療法は即効性がない。ポラプレジンクを用いたRCTでは、治療4週目で13.6%、12週目で47.7%、24週目で58.8%の有効率であり、治療期間が長ければ長いほど効果が強くなることが示された。亜鉛補充療法は、少なくとも3ヶ月間は継続する必要がある。
- ウィルソン病の治療に使用される酢酸亜鉛水和物は、日本では2017年から低亜鉛血症の治療薬として保険適応となっており、効果が期待されている。
- 味覚障害の治療には栄養指導も効果的である。