「歳を取っても、目がしっかり見えるように、耳がしっかり聞こえるように」と思っておられる方は多いと思いますが、どうしても年齢を重ねると、目が遠くなり、耳も遠くなってきます。
耳鼻咽喉科の外来にも耳が聞こえづらくなった年配の方がよく来られます。
「年齢の影響ですよ」とお話しすると、「そりゃ、もう治らんということか」とよく言われます。
確かに、年齢と共に悪くなった難聴(加齢性難聴)はお薬を飲んで治したりすることはできません。
でも、「どうせ歳のせいだから」とあきらめず、補聴器を使ってよく聞こえるようにすることがとても大事です。
目が悪い場合に眼鏡をすることにあまりハードルは高くないように思いますが、耳が悪くて補聴器をつけることへのハードルはまだ高いように思います。
補聴器をつけることのメリットにはどんなことがあるのでしょうか。
認知症の危険因子は何か?
認知症の危険因子については、世界的に有名なLancet誌で12個の因子が挙げられています。
認知症の発症に関係する因子のうち、4割は何らかの介入ができると言われています(残りの6割は遺伝の要素など、介入できない因子です)。
介入ができる因子の中で、最も大きな要素をしめているのが難聴であると言われています。詳細については、以前書きましたのでご参照下さい。
補聴器の効果はどれほどか
下に示した論文は、およそ2,000人の成人を18年間追跡したアメリカでの研究です。
補聴器をつけるようになる前と比べると、補聴器をつけるようになった後は認知機能の悪化の速度が緩くなることが示されました。
下の方に示したグラフの赤い斜め線が補聴器をつける前、青い斜め線が補聴器をつけた後です。青い線のほうが赤い線よりも緩やかになっているのが、それを現しています。
よい耳でよい生活を送りましょう
補聴器と聞くと「何か急に年寄りになったみたい」と思われるかもしれませんが、そうではありません。
補聴器は若さを保つ大事なアイテムなのです。ただ、どんなアイテムも使い方を知らなければ上手く活用できません。
補聴器を試されたい場合には、耳鼻咽喉科医に相談されるか、認定補聴器技能者のいる補聴器店に相談してください。正しい知識を持った専門家に相談することが上手くアイテムを活用できる秘訣です。
今回参考にした論文は、
Maharani A, et al; SENSE-Cog WP1 group. Longitudinal Relationship Between Hearing Aid Use and Cognitive Function in Older Americans. J Am Geriatr Soc. 2018; 66(6): 1130-1136.
doi: 10.1111/jgs.15363.
です。
Research Question:
補聴器の使用が高齢者の認知機能に影響を与えるか。
方法:
デザイン:
縦断的コホート研究
データ:
18年間(1996-2014年)にわたり2年毎に認知能力を測定したHealth and Retirement Study (HRS)
からデータを抽出した。第3回目調査から第12回目調査のデータを使用。
対象:
HRSに3回以上参加し、4回目から11回目までの間に初めて補聴器を使用した50歳以上の成人
評価:
認知機能:10個の単語(book, child, hotelなど)の即時記憶と長期記憶の合計に基づいて
エピソード記憶スコアを求めた。
解析:
階層的線形回帰分析
結果:
- 2,040名のデータが得られた(女性:38.0%、年齢:62.8±7.7歳)。
- 対象者において平均62歳で初めて補聴器を使用した。
- 二変量回帰モデル分析の結果、年齢、うつ病の程度、併存疾患の数がエピソード記憶スコアと有意な関連があった。また、比較的高学歴であること、アルコールを飲んでいること、定期的に運動をしていることは、エピソード記憶スコアと正の関連があった。
- 上記の因子を含めて回帰モデル分析を行うと、補聴器の使用は、エピソード記憶スコアと正の相関を示した(β(回帰係数)=1.53 [0.41]、p<.001)。
- また、エピソード記憶スコアの低下の速さは、補聴器使用前(β=-0.1 [0.00]、p<.001)よりも、使用後(β=-0.02 [0.00]、p<.001)の方が遅かった(下図)。
- これらの結果は、いくつかの感度分析によって頑健性が示された。
- []内は標準誤差。
結論:
補聴器は、高齢者の認知機能低下を緩和する効果があるかもしれない。
聴覚障害の早期に、補聴器やその他のリハビリサービスを提供することで、世界的な認知症の増加を食い止めることができるかもしれない。